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Commentary

「合肥モデル」に見る産業発展の要因
ハイテク都市への変貌に市政府が果たした役割

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター(TNC) 理事・副センター長
経済
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近年では、合肥にある中国科学技術大学や中国科学院合肥物質科学研究院などの研究成果を活用して起業した、「合肥生まれ、合肥育ち」の企業が出始めている。写真は、文革の混乱期に北京から合肥に移転した中国科学技術大学の正門。2025年1月(著者撮影・提供)
近年では、合肥にある中国科学技術大学や中国科学院合肥物質科学研究院などの研究成果を活用して起業した、「合肥生まれ、合肥育ち」の企業が出始めている。写真は、文革の混乱期に北京から合肥に移転した中国科学技術大学の正門。2025年1月(著者撮影・提供)

3.市政府によるエクイティ投資

「合肥モデル」を紹介する各種資料や報道には、合肥市政府が誘致対象企業に対して巨額投資を行うことに焦点を当て、それを「ギャンブル」と表現するものも少なくない。しかし、実際には、決して「イチかバチか」で巨額の資金を投じているわけではなく、経験を重ねるなかで、合理的な投資スキームが形作られていったと筆者は考えている。

合肥市政府にとっては、2008年の合肥BOEへの出資がエクイティ投資の始まりだった。企業誘致に際して政府が従来のように税制優遇や用地提供などの方法を用いるのではなく、自ら率先して出資するエクイティ投資(実際の出資行為は政府傘下の投資会社を通じて実行)の手法は、合肥市政府が考え出したわけではない。新工場の建設に巨額の資金が必要となるBOEがそれまでにも実施していたやり方であった。BOEは合肥の第6世代工場に先駆け、北京で第5世代工場を、成都で第4.5世代工場を建設したが、その際に現地政府や政府系投資会社から同様の出資を受けている。

エクイティ投資はBOEの資金需要に応えたものであったが、重点産業を育成したい合肥市政府にとっても、産業全体の形成・発展を牽引してくれるリーディング企業の求めに最大限応えることは重要であった。合肥には有力な地場産業や地元企業は無く、「借船出海」(船を借りて海に出る=外から企業を誘致して産業を興す)しかなかった。

ただ、いくら大事な企業を誘致したいといっても、決して無秩序に資金供与したわけではなく、市場ルールや契約に則って投資が行われた。その意味でも「ギャンブル」ではなかったといえる。

NIOへの出資に対する「65日の意思決定」(詳細は別稿「「合肥モデル」における産業形成過程」を参照)の際にも、限られた時間のなかで、NIOの技術やビジネスモデルなどに関して専門家に評価を委託したり、財務・法務面からのデューデリジェンスを実施したりした。言い換えれば、企業価値をきちんと評価し、相応の株価で出資したわけで、決して政府の影響力を使って株式を安価で取得したり、政治的判断だけで資金をつぎ込んだりしたわけではない。保有株式の売却タイミングや方法(公開市場での売却や第三者譲渡)、価格算定式、役員の派遣などについても、投資時に締結する契約のなかで取り決められた。

なお、合肥市政府によるエクイティ投資は、全ての投資案件で着実に利益が上がったわけではない。もちろん失敗した案件もあり、船舶用ディーゼルエンジン、プラズマディスプレイパネル、太陽光パネル、バイオ産業基地開発などでは巨額の損失を出している。とはいえ、これまでの投資成果の累計では、収益を確保できている模様である。液晶パネルのBOE向け投資では百億元単位の、またEVのNIOやDRAMの長鑫存儲(CXMT)向けの投資では千億元単位の莫大な利益が出たといわれ、合肥市政府傘下の主要投資会社の財務資料を見ても、各社の毎年の決算はほぼ黒字基調で推移している。

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