Commentary
「合肥モデル」に見る産業発展の要因
ハイテク都市への変貌に市政府が果たした役割
別稿「「合肥モデル」における産業形成過程――平凡な地方都市がハイテク都市に変貌するまで」では、合肥の産業発展を牽引したハイテク産業のクラスター形成がどう進んだのか概観した。それに続く本稿では、合肥に産業発展をもたらした要因について整理してみたい。
産業発展の要因と市政府の役割
1.交通網整備で活用が進んだ「既存資源」
まず初めに、合肥では産業発展が本格化する以前(2000年代前半)から、発展に有益な「既存資源」が皆無ではなかった点を指摘しておきたい。
<巨大市場向け商品供給基地>
「既存資源」の一つとして、長三角地域などの巨大市場に商品供給するのに適した立地環境が挙げられる。「「合肥モデル」における産業形成過程」では、1990年代後半に内外の家電メーカーが合肥に組立工場を設立し、そこで生じる需要に応えるため、2000年代の中盤に部品・材料サプライヤーが集積し始めたことを紹介した。経済成長が本格化する以前から、合肥には家電の組立工場のほかに、食品や飲料の加工工場も存在していた。
「合肥から半径500km以内には5億人余りの市場がある」(合肥で面談した有識者)といわれる。そうした地理的優位性に加え、周辺大都市より発展が遅れていたことが、逆に生産コストが抑えられる利点となった。合肥は巨大な消費市場向け商品の生産・供給基地としての立地条件を備えていたといえる。
<大学・研究機関と専門人材>
「既存資源」の二つ目は、大学・研究機関と専門人材が比較的豊富だった点である。合肥には大学・専科学校などの高等教育機関が50以上あり、大学だけでも18校ある。なかでも中国科学技術大学は校名の通り、中国を代表する科学技術系の大学である(表紙写真)。同大学はもともと北京にあったが、文化大革命の混乱のなかで北京を追われ、紆余曲折を経て、1970年に移転先が合肥に落ち着いた。著名な研究者や大手ハイテク企業の経営者を多数輩出しているほか、合肥のハイテク産業を支える高級人材の主な供給元となっている。
合肥はまた、1999年の時点で中国政府から「全国四大科学教育基地」の認定を受けていた(合肥以外は北京、成都、西安)。それによって、大学だけでなく、「中国科学院合肥物質科学研究院」などの国家研究機関、シンクロトロン放射光やマイクロスケール物質科学などの国家レベルの実験室や大型装置施設が設置され、科学技術研究が盛んに行われてきた。
経済成長が本格化した2010年代以降も、「合肥総合性国家科学センター」(上海に次ぐ第2の国家科学センター。重点研究分野はエネルギー、ICT、材料、ヘルスケア、環境など)をはじめとする研究機関が引き続き設立されたほか、清華大学、北京航空航天大学、天津大学、北京理工大学、西安交通大学、ハルビン工業大学など、全国各地の有名大学も合肥に研究院を設立している。
現地有識者によれば、合肥市政府は、中国の地方政府によく見られるように、高級人材に直接奨励金を出して人材を誘致する方法はとらず、「限られた資金を先端研究機関の誘致に充て、結果として、そこに人材が集まるようにした」のだという。
<高速交通網による物流・人流の拡大>
合肥が具備していた「商品供給基地」や「大学・研究機関と専門人材」のような資源は、長い間十分に活かされてこなかった。その潜在力が本格的に発揮されるようになったのには、高速道路や高速鉄道など交通網が整備されたことが大きく影響した。
高速道路網は2000年代前半に一部路線が開通し、2000年代末から2010年代にかけて急速に整備が進んだ。高速鉄道は合肥が従来の鉄道幹線からやや外れていたため長らく未整備だったが、2008年に合肥-南京間が開通したのを皮切りに、2010年代に新たな路線が次々と開通した。
このような高速交通網の整備によって、合肥は長三角地域と中西部地域の結節点となり、物や人の流れが拡大し、産業発展、経済成長の進展に寄与した。