Commentary
「合肥モデル」における産業形成過程
平凡な地方都市がハイテク都市に変貌するまで
特筆すべきは、本件に関する合肥市政府の意思決定が検討開始からわずか65日で実行された点である。市政府は65日間に、①専門家に委託し、NIOの技術、製品、サプライチェーンについて評価し、②国の政策とNIOの「電池交換方式」[11](図3)の将来性について評価し、③財務・法務デューデリジェンスを行い、④それらと同時並行してNIOとの詳細な交渉を進めた[12]。JACとNIOの間には、2016年から3年余りの提携関係があり、市政府もNIOと長年接点を持っていたとはいえ、「ここぞ」というタイミングで一気に物事を押し進める推進力は傑出している。
図3 蔚来(NIO)の電池交換ステーション

ニューヨーク証券取引所に上場しているNIOの株価は、合肥市政府の支援を受けたことで、2019年10月3日の最安値1.19ドルから2021年1月11日の最高値66.99ドルまで急騰した。
NIOは現在、合肥市内2ヵ所に工場を持つ。第1工場はもともとJACとの提携で共同建設した「先進生産基地」で、第2工場は合肥新橋国際空港にほど近い「新橋スマート電動自動車産業園区」(Neo Park)内にある。第1、第2工場ともに年産30万台の生産能力を持ち、Neo Parkではさらに第3工場が建設中で、2025年秋に稼働予定である。
中国を代表するNEV産業の一大集積地に
現在、合肥には上述したJAC、VW安徽、NIOのほかに、合肥比亜迪(合肥BYD。BYDグループにとって最大規模の生産基地)、合肥長安汽車(重慶長安汽車の100%子会社)、安徽安凱汽車(電動バス・商用車の大手メーカー)などのNEVメーカーがある。2024年の合肥市全体のNEV生産台数は137.6万台に達した(前年比84.4%増)[13]。都市別のNEV生産台数としては、上海市や西安市を上回り、深圳市に次ぐ全国2位となっている[14]。
中国でも有数のNEV生産基地となったことに伴い、合肥には車載電池・同材料、駆動モーター、電子制御システムをはじめとする材料・部品のサプライヤーが数百社立地しており、合肥は中国を代表するNEV産業の一大集積地となっている。
別稿「「合肥モデル」に見る産業発展の要因――ハイテク都市への変貌に市政府が果たした役割」では、合肥の産業発展の要因について、市政府の役割を中心に見ていく。
1.各省市、全国平均の一人当たりGDPは、『中国統計年鑑』2001年版、2024年版を参照。
2.「以人為核心,合肥為什麼行?」(南方週末、2025年6月5日)、https://www.infzm.com/wap/#/content/295039?source=124&source_1=296559
3.清華大学・野村総研中国研究センターが開催した2回の講演会。①2024年11月12日、日中経済協会北京事務所の宮下正己所長による地方都市の産業発展に関する講演、②2025年4月8日、首都経済貿易大学の郭年順副教授による「合肥モデル」をテーマにした講演。
4.本章は、前述した郭年順副教授の講演内容、及び、現地でのヒアリング活動をベースに同氏が執筆した研究論文「“合肥模式”:地方発展主義新類型」(『文化縦横』2023年第6期掲載)を参照している。
5.孫氏は合肥市委員会の書記に就任する以前、共青団(中国共産党の青年組織)の中央書記処常務書記や安徽省の共産党常務委員会委員などを歴任し、2011年に合肥市委員会書記を退任した後には、安徽省、湖南省、新疆ウイグル自治区の党委員会副書記、中央省庁の生態環境部の党組書記・副部長(副大臣)などに就いた。
6.BOEの前身はブラウン管を生産していた国有企業の北京電子管廠で、2003年に韓国現代グループ傘下の液晶パネルメーカーを買収したのを機に液晶パネル事業に転換した。
7.「第6世代」工場は、1500㎜×1850㎜の大きさのガラス基板を使ってTFT液晶パネルを製造する工場。なお、後述する「第8.5世代」のガラス基板は2200㎜×2500㎜、「第10.5世代」は2940㎜×3370㎜。
8.「京東方6代線175億資金拆解:合肥政府托底」(新浪科技、2008年9月16日)、https://tech.sina.com.cn/e/2008-09-16/02482456649.shtml
9.合肥市政府が企業に投資する際、実際の出資行為は、傘下の投資会社を通じて行われ、特に合肥建投、合肥産投、合肥興泰の3社が中心的な役割を担っている。
10.設立当初はJACとVWの出資比率は50:50だったが、2020年にVWが持ち株を75%まで増やし、社名も「大衆汽車(安徽)」(VW安徽)に変更された。
11.残量が減った車載電池を電池交換ステーションで充電済みの電池と交換するビジネスモデル。電池交換ステーションのネットワーク構築が必要になるが、ユーザーにとっては車両購入価格が安価に抑えられ、充電に比べ交換にかかる所要時間が短い(交換時間は数分)といったメリットがある。
12.前述 郭年順「“合肥模式”:地方発展主義新類型」。
13.「合肥:中国唯一新能源汽車“四試点”城市」(新浪財経、2025年7月2日)、https://finance.sina.com.cn/jjxw/2025-07-02/doc-infczvkn8072246.shtml?cref=cj
14.「鍛造新質生産力 合肥新能源汽車跑出加速度」(中国新聞網、2025年6月11日)https://www.chinanews.com.cn/cj/2025/06-10/10429704.shtml