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Commentary

「合肥モデル」における産業形成過程
平凡な地方都市がハイテク都市に変貌するまで

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター(TNC) 理事・副センター長
経済
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合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)
合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)

<集積回路(IC)産業>

合肥市政府は2013年10月、全国に先駆けて「IC産業発展計画」を打ち出し、ディスプレイ、家電、電子、自動車といった地元有力産業と連動する形でIC産業を発展させる計画を立てた。

液晶パネルとノートPCの産業発展が進むなか、上記の計画が牽引する形で、これら2つの産業で使われるIC、すなわちディスプレイ用ドライバーICと半導体メモリーDRAMの企業誘致と産業育成で大きな進展が見られた。

まず、ディスプレイ用ドライバーICでは、2015年5月、合肥市政府傘下の投資会社である合肥建投[9]と台湾の半導体メーカー力晶科技(Powerchip)の合弁で「晶合集成電路」(Nexchip)が設立された

Nexchipは設立から6年で売上が100億元を超え、今日ではディスプレイ用ドライバーICの受託製造(ファウンドリー)分野で世界トップ企業の一つとなっている。市政府は、NexchipやBOEなどとも連携を図りながら、ICの設計、材料サプライヤー、パッケージングやテストサービスなどの川上・川下企業を誘致し、産業クラスター形成を促した。

また、DRAM分野では、合肥市政府傘下の合肥産投と北京の半導体ファブレス企業の兆易創新(GigaDevice)の協力によって、「長鑫存儲」(CXMT)が設立された。同社は2019年9月、国際的な技術潮流に合わせたDDR4(DRAM規格の一種)の量産を始めた。

CXMTには、合肥産投のほか、中国政府が立ち上げた投資ファンド「国家集成電路産業投資基金」や安徽省政府傘下の「安徽省投資集団」といった政府系資金のほか、アリババなど数十社の民間戦略投資家も出資している。

世界のDRAM業界では、韓国のサムスン電子とSKハイニックス、米国のマイクロンの3社が市場をほぼ寡占する状態が長らく続いてきたが、CXMTの世界市場シェアは2024年に5~10%程度に達し、存在感を持つようになっている。

<新エネルギー自動車(NEV)産業>

合肥には古くから「安徽江淮汽車集団」(JAC)という自動車メーカーがある。同社の前身である合肥江淮汽車製造廠は1964年に設立され、もともとは商用車やトラックを主に生産していたが、2000年代中盤から乗用車の生産も行っている。JACは中国の国有大手メーカーに比べると事業規模は小さいものの、同社に部品を供給するサプライヤー群が合肥に存在していた。

合肥市政府は2010年代中頃から、こうした自動車産業の集積を活用してNEVに関連したサポーティングインダストリー(裾野産業)の集積を図るため、内外企業の誘致を進めた。

最初の成果は、2016年にJACが「蔚来汽車」(NIO)の電気自動車(EV)を受託生産する工場「先進生産基地」を両社共同で建設したことであった。NIOは新興のEVメーカーで自動車の製造許可を取得できていなかったため、既存のメーカーとの提携が必要だった。JACもNEV事業参入による新たな成長機会を探っていた。両社の提携はその後順調に推移し、2021年には合弁会社設立へと発展していった(2023年末にNIOが自社での製造許可を取得したことで、合弁は発展的に解消された)。

なお、JACはその後、2017年に独フォルクスワーゲン(VW)とNEVの合弁会社「江淮大衆汽車」[10]を設立し、2023年にはファーウェイ(華為)との間でもNEV高級車種の共同開発~生産の提携も始めているほか、自社ブランドでのNEV商用車・乗用車の生産も手がけている。

合肥市政府はこうした過程で、各社に対して税制優遇や補助金をはじめとする各種支援を提供した。合肥市政府によるNEV産業育成に関する最大の動きは、2020年、資金難に陥り倒産の危機に瀕していたNIOに対して強力な支援に乗り出したことである。

合肥市政府とNIOが2020年2月25日に発表した提携では、市政府が合肥建投などを通じてNIOに対して100億元を出資し、NIOが同社の中国本社、研究開発、製造、販売の機能を合肥に置くことが決められた。

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