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Commentary

「合肥モデル」における産業形成過程
平凡な地方都市がハイテク都市に変貌するまで

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター(TNC) 理事・副センター長
経済
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合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)
合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)

転機は2007年の後半に訪れた。BOEと深圳市や上海市の交渉がまとまらない状況下で、合肥市政府はBOEに対して「少なくとも90億元の資金提供」を約束し、合肥での工場建設を求めてアプローチした。しかし、BOEによる第6世代TFT液晶パネル工場[7]の総投資額は175億元が見込まれていたのに対し、当時の合肥市の財政収入は220億元であった。2008年9月11日、党市委、市政府、市人民代表大会、政治協商会議市委員会の百数十名からなる党市委常務委員会の拡大会議が開催され、議論の末に党市委(最高責任者は前述の孫金龍書記)はBOEと協力して液晶パネル工場を建設することを決定した。必要な資金は地下鉄建設プロジェクトを棚上げして捻出された。

当時の報道によると[8]、新たに設立されることになった「合肥京東方光電科技」(合肥BOE)の資本金は90億元で、そのうち60億元を合肥市政府傘下の国有投資プラットフォーム2社が出資し、残り30億元は市政府とBOEが協力して戦略投資家を探すことが取り決められた(出資者が見つからない場合、市政府が負担することも保証された)。また、総投資額175億元と資本金90億元の差分の85億元についても、市政府とBOEの協力により、銀行からのシンジケートローンで調達するとされた。市政府は出資のほか、工場用地の整備、用地価格の引き下げ、エネルギー供給、財政優遇、融資利子補給など、多方面にわたる支援を提供した。

中国初となる第6世代TFT液晶パネル工場は2009年4月に着工し、2010年11月には正式に量産を開始した。生産された液晶パネルは、主に37インチ以下のテレビやパソコンのモニターに使われ、合肥市内に工場を置くテレビメーカーのハイアール、長虹、パソコンメーカーのレノボ(聯想)をはじめ、国内外の販売先を順調に獲得した。合肥BOEの経営は安定的に推移し、2012年の第8.5世代工場の建設(投資総額285億元)、2015年の第10.5世代工場の建設(同400億元)へと続いていった。合肥市政府はこれら新工場の建設プロジェクトに対しても資金拠出を含む全面的な支援を引き続き行うことになった。

合肥BOEは現在、世界最先端かつ最大級の液晶パネル工場に成長している(表紙写真)。現地では、合肥BOEを中核に、川上の材料・部品サプライヤー(ガラス基板、光学フィルム、化学品、ドライバーICなど)や川下の最終製品メーカー(テレビ、パソコンモニターなど)が国内外から200社以上集積し、TFT液晶パネルに関する世界的な産業クラスターが形成されている。

3.他産業でも進む産業クラスター形成

<ノートPC産業>

合肥市政府は、BOEのTFT液晶パネル工場の誘致とほぼ同時期に、レノボと台湾仁宝電脳(Compal)による合弁会社である「聯宝科技」(LCFC)の誘致も進めた。

同社のようなPCメーカーを誘致することになった背景には、前述した家電産業のクラスター形成の過程で、マザーボード、拡張カード、電源ユニット、筐体(きょうたい)、ディスプレイなど、PC関連のサプライヤーも合肥に集まり始めていた状況があった。もちろん、大規模なPC工場が建設されれば、合肥BOEが生産する液晶パネルの大口ユーザーとなる期待もあった。

2012年10月、年間2000万台の生産能力を持ち、レノボグループにとってノートPCの世界最大の研究開発・生産拠点となったLCFCが稼働を始めると、合肥BOEの液晶パネル生産能力の40%がLCFC向けに出荷された。こうして、液晶パネル産業の川下にあたるノートPC産業でもクラスター形成が進んでいった。

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