トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

「合肥モデル」における産業形成過程
平凡な地方都市がハイテク都市に変貌するまで

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター(TNC) 理事・副センター長
経済
印刷する
合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)
合肥の産業発展は「現地の資源が十分に活用され、川上から川下に至る産業クラスターが形成される」形で進展した典型例である。写真は合肥BOEの正門。2025年1月(著者撮影・提供)

コロナ禍後の中国経済は、景気低迷、不動産市場の混乱、地方財政の悪化といった厳しい状況にあるが、ここ数年、一部の都市において、特定産業のクラスターを伴って地域経済が一段と成長する事例も出始めている。青島のデジタル家電や海洋バイオ、杭州の人工知能(AI)、成都のデジタルコンテンツ、武漢の光電子・光通信などは代表的な事例である。

このような産業発展に共通してみられる特徴は、地方政府のリーダーシップや支援の下、地元の企業、大学・研究機関、人材など、現地の資源が十分に活用されるとともに、川上から川下に至る産業クラスターが形成され、ひと塊の「産業」として存在していることである。こうして、地域の特色を備え、他者と差別化された産業発展が実現されている。

ハイテク都市に変貌した合肥

「合肥モデル」と呼ばれる安徽省合肥市の産業発展も、こうした新しいタイプの事例である。中国の検索サイトでは、「合肥モデル」に関する無数の報道記事や分析レポートがヒットする。なかには、他省から合肥を訪れた視察団の報告書もある。2023年8月には、英『エコノミスト』誌も「合肥モデル」を特集している。

「合肥モデル」がこれほど注目されるのは、2000年代の後半以降、液晶パネルや電気自動車などのハイテク産業を核にして、急速な経済発展を実現したからである。合肥市のGDP は2000年の487.5億元(1元=約20円。約9750億円)から2024年の1兆3507.7億元(約27兆円)へ、実に約28倍の急成長を遂げた(図1)。

図1
出所)「合肥統計年鑑」各年版。2024年のGDP、常住人口は合肥市統計局発表値(「合肥市2024年国民経済和社会発展統計公報」)。
注:2011年に隣接する巣湖市の一部が合肥市に編入された。2010年、20年の人口は「人口普査」(国勢調査)の結果に基づき、それ以前の数値が修正されている。

合肥市は上海市から400km余り西に位置する安徽省の省都であるが(図2)、地域を代表する大企業やこれといった地場産業も無く、決して豊かな都市ではなかった。

図2 安徽省合肥市の位置

図2
出所)筆者作成。

安徽省は上海市、江蘇省、浙江省と共に「長三角」(長江デルタ)の一翼を担うが、2000年時点の一人当たりGDPは4867元(9万7000円余り)にとどまっており、他省市に大きく後れをとっていた(上海市:3万4547元、江蘇省:1万1773元、浙江省:1万3461元)。それどころか、全国平均の7078元も下回り、全国31省(自治区、直轄市を含む)のうち22番目という状況であった。ところが、安徽省の一人当たりGDPは、合肥の急成長などに牽引される形で増大し、2023年現在では、7万6830元となり、省別ランキングも13位まで上昇している 。多くの人が「合肥モデル」に注目するのは、「貧しかった合肥がハイテク都市に急成長した理由」に興味を抱いているからだといえる。

なお、合肥市では経済成長に伴って人口も大きく増加している(前出図1)。2000年に450万人足らずだった常住人口は、2024年には1000万人を超えた。2000年以降の人口増加率としては、全国の都市のなかでもトップクラスである。流入人口の多くが周辺の農村部や中小都市からの移住者で、安徽省内からの流入が全体の約9割にのぼるが、上海や南京など、長三角の大都市からの移住者も増えている。[2]このような流入人口が合肥の成長を支えている。

本稿では、2000年代中盤以降の合肥の産業発展を振り返り、合肥が発展を遂げるまでの過程について考えてみたい。

1 2 3 4 5

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.