Commentary
「学区房」が映し出す北京の住宅市場のゆがみ
限界改造アパートに1億円以上の値がつく理由

ところが、この北京のボロアパートの1㎡当たり単価は10.5万元で、その深圳のピカピカのタワーマンションより高いのである。家賃と販売価格の関係もおかしい。この部屋を599万元で買い、他の人に月7600元の家賃で貸し出して元をとろうと思ったら実に65年以上もかかることになる。私の見るところ、このアパートはあと65年持つどころか、もうすでに耐用年数を超えている。私なら2000万円でも買いたくない資産価値ゼロの物件であるのにいったいなぜこんなに法外な値段がつくのか。
「学区房」としてなら買い手も?
下見に来た時の様子を思い出すと、その理由がわかる気がした。下見に来た時、前の住民の持ち物がまだ完全には片付けられておらず、小学生用のワークブックが二つのベッドルームに散乱していた。また、住み始めてみると、生活感があるようなないような不思議な感覚があった。たとえば、バス・トイレと台所の照明が壊れていた。照明を新しいものに変えるぐらいのことはすぐにできるはずで、私ならバス・トイレと台所の照明が壊れている状態など一日でも耐えられないが、前の住民は壊れたまま放置していたのだ。また、不動産屋さんが一応室内を掃除してくれたのだが、部屋の隅々に長年の汚れがたまっていて、入居して数日間は汚れを見つけたら雑巾で拭くことを繰り返した。掃除するなかで前の住民が小学校低学年ぐらいの小さな子供と母親であることは想像がついた。部屋の隅々で長い髪が雑巾に絡んできたからである。
要するに、アパートのオーナーはこの部屋を「学区房」として買ったのであろう。学区房とは、有名な小学校や中学校の校区にある家を指す。中国の小中学校は入学できる資格をその周辺地域に住む住民の子弟に限定するケースが多く、その校区内にある住宅を購入して戸籍を登録すれば、子供をそこに通わせることができる。実際、私のアパートから歩いて10分程度の範囲内に北京大学付属小学校、清華大学付属小学校、中関村中学校と、いかにも頭の良い子供が通いそうな学校が目白押しである。そして朝7時半頃にはわがアパートからそうした学校へ親が子供を送る姿がいっぱい見られる。
子供を小中学校に入学させる権利を得るためだけだから、部屋のなかをきれいに整えることに意識が向かわなかったのだろう。おそらく別のところに本当の住まいがあり、このアパートはいわば住民のふりをするためだけに使われていたのだろう。
わがアパートに限らず、この周辺には古い住居が多い。特に驚いたのは平屋の古い長屋がかなりの数あることである。1960年代あるいはもっと昔に建てられたような古い長屋が集まった地域が周囲に3か所ある(写真3)。

平屋を取り壊して10階建てのマンションでも建てれば、平屋の住民への補償としてマンションを一戸ずつ支給してもなおかなりの数の戸数を売り出すことができ、この地域なら2DKでも1億円以上で売れるのだからけっこうな儲けになるだろう。どうして再開発が行われることなく今日まで残ってきたのか。特に海淀区は古い住宅が多く、真新しい高層マンションが多い北京市の朝陽区や昌平区などと比べても異様である。北京市政府の規制があるともいわれるが、学区房として異様なプレミアムが付くために再開発が難しいという事情もあるのかもしれない。
注1 中国のマンションは居住面積ではなく建築面積で広さを表示する。居住面積は建築面積の75%程度なので、日本式の専有面積でいえばだいたい83㎡ぐらいである。