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Commentary

「学区房」が映し出す北京の住宅市場のゆがみ
限界改造アパートに1億円以上の値がつく理由

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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著者が住み始めた北京のアパートは、同タイプの部屋がおよそ合理的な水準とはいえない値段で売られていた。写真は表側から写したアパートの外観。2025年9月7日(著者提供)
著者が住み始めた北京のアパートは、同タイプの部屋がおよそ合理的な水準とはいえない値段で売られていた。写真は表側から写したアパートの外観。2025年9月7日(著者提供)

私は2025年6月から8月末まで3か月のあいだ中国の深圳市に滞在し、9月からは北京市に住み始めて、ちょうど1か月半経ったところである。深圳のアパートを退去する直前に北京に来て次に住む家探しをしたのだが、北京と深圳の住宅事情の違いには愕然(がくぜん)とさせられた。

念願叶った自炊生活

思えば深圳での住環境はとても恵まれていた。私が住んでいたのは招商集団という国有企業が運営するサービス付きアパート(公寓)である。条件を伝えると、不動産屋さんは現地のアパート管理会社が運営するアパート3か所へ連れて行ってくれて、それぞれのアパートで空き部屋を三つずつ見せてくれた。結局、地下鉄の四海駅から徒歩10分ほどの場所にある家賃月額8000元(約16万円)のところに決めた。

部屋はワンルームだが、勉強机、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジ、Wi-Fi機器、ガス台とシンク、さらにフライパン、シチュー鍋、中華包丁セット、ワイングラスなど、すぐに生活と自炊が始められる道具が揃っている。新鮮な食材を買ってきて、強い火力で中華料理を思う存分作ることは、前回の中国長期滞在(1991-93年)では果たせなかった私の夢だったので、家探しに際しては自炊できるかどうかを特に重視したのだが、その点では選んだ部屋は大正解だった。

しかも、住んでみて、サービス付きであることに意外なメリットがあることを知った。定期的に部屋に掃除が入り、タオルやシーツが交換されて部屋のなかが清潔に保たれるばかりではない。私が住むアパートは檳榔園という30棟ほどのアパートが立ち並ぶ団地に入っている。団地の出入口にはガードマンがいて、一般の人は団地のなかに入れないようになっている。団地内にはコンビニ、スポーツジム、コインランドリー、小さな図書館まであり、団地内の植生、広場、道路などの公共スペースはアパート管理会社によってきれいに整備されている。公共スペースでは老人たちが談笑したり、外国人が飲み会をやっていたりするが、彼らが空き瓶や紙くずを残しても、数時間後には掃除の人が片付けている。

さらにアパートを出て20分ほど行くと、大南山という標高336メートルの山への登山口があるし、海浜公園も近い。買い物や外食もとても便利で徒歩7分ぐらいの圏内にスーパー2軒、数十軒のレストランがあり、朝ごはんを自分でも作らなくても門を出て5分ほど歩けば包子(肉まん)や豆乳などを数軒のレストランの前で売っている。

買い手市場の深圳、売り手市場の北京

北京の住環境は深圳とはまったく異なっている。北京の不動産屋さんに部屋を案内してもらった時に、「今日ここで決めないと明日には部屋がないかもしれないよ」とたびたびせかされた。実際、空き部屋があるとどんどん借り手がつくというのは事実らしい。さらに、3か月しか住まないのに家賃5か月分、すなわち家賃3か月分+敷金1か月分+仲介料1か月分を一括ですぐに支払え、といわれるのにも閉口した。最初に連絡した不動産屋さんがやや頼りなく思えたので、もう一軒の不動産屋さんにも相談したのだが、結局入居可能な部屋として紹介されたのは2軒の不動産屋さん合わせて5部屋しかなく、うち2部屋は北京滞在予定の11月末まで住める保証がないというのである。

深圳はアパートがよりどりみどりの買い手市場だったのに対して、北京は売り手市場である。それもあって、不動産屋さんの仲介料も深圳と北京では大違いだった。深圳では、通常の仲介料は家賃1か月分であるところ、3か月しか住まないのでその4分の1にまけてくれた。一方、北京では相談をした先の不動産屋さんに加えて地場の不動産屋さんが二重に仲介する形になったので、前者に家賃0.3か月分、後者に1か月分の計1.3か月分を支払う羽目になった。

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