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Commentary

見えない空気の汚れを人工衛星で測る
リモートセンシングデータが明かす中国の大気汚染の実像

章超
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程
経済
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PM2.5は地理的境界を越えて広がるため、都市間や地域間の政策連携が不可欠であり、産業由来の汚染を減らすには、先進的な環境技術の導入や技術革新の促進が求められる。写真は大気汚染が深刻化し、視界の悪い北京市中心部。2013年3月7日(共同通信社)
PM2.5は地理的境界を越えて広がるため、都市間や地域間の政策連携が不可欠であり、産業由来の汚染を減らすには、先進的な環境技術の導入や技術革新の促進が求められる。写真は大気汚染が深刻化し、視界の悪い北京市中心部。2013年3月7日(共同通信社)

晴れ渡る青空の下でも、私たちが吸い込む空気の中には、目に見えない微粒子が漂っている。その一部は髪の毛の太さと比べても30分の1ほどの微小粒子で、肺の奥深くまで入り込み、血流に乗って全身を巡る。

中国では、経済発展の影で、この見えない汚れであるPM2.5が人々の健康と暮らしを脅かしている。しかし、大気汚染の広がりや全体像は、地上での観測だけでは捉えきれない。観測地点は限られており、地域間の比較や長期的な変化を把握するには限界がある。そこで活用されるのが人工衛星である。人工衛星は国境や行政区分を越えて、広大な地域の大気の状態を継続的に記録できる。

本稿では、この衛星データを用いて、中国のPM2.5の現状と背景を明らかにし、その影響を考察する。

PM2.5がもたらす環境・健康への影響

分析対象となるPM2.5は、直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子であり、呼吸器や循環器に深刻な健康被害を与える。中国では、このPM2.5が近年の大気汚染の主要な原因の1つとなっている。その背景には、改革開放以降の急速な経済発展と都市化の進展がある。中国の都市化率は1978年の17.9%から2024年には67.0%に達し、その過程で石炭を中心とした化石エネルギーの大量消費が続き、PM2.5の問題が顕在化してきた。

こうした状況を踏まえて、中国では「双循環」(習近平が提唱した、国内大循環を主体とし、国内と国際の2つの循環が相互に促進する新たな発展戦略)のもと、第14次5カ年計画(2021〜2025年)の期間中に、「クリーン、低炭素、安全、高効率」を掲げたエネルギー開発と構造転換を進めてきた。

しかし、エネルギー構造の転換はまだ途上にあり、中国の電力供給では、依然として石炭火力発電が中心的な役割を担っている。石炭火力発電は石炭消費の最大要因であり、大気汚染の主要な原因の1つでもある。この傾向は中国やインドなどの発展途上国だけでなく、アメリカをはじめとする先進国にも見られる。2024年の中国の総発電量は10.1兆キロワット時に達し世界一であったが、そのうち火力発電が6.4兆キロワット時を占めていた。中国では、火力発電の燃料として石炭が主流であり、欧米先進国のように天然ガスを中心に利用するケースと大きく異なる。

馬ほか(2019)によれば、中国におけるPM2.5排出の主な原因は、大量の石炭燃焼である。大気汚染は、多くの都市が発展の過程で直面する避けがたい問題であり、地域経済の持続的発展を考える上でも重要な課題である。

他方、PM2.5は健康への影響も深刻である。長期間にわたり大気汚染にさらされると、心肺機能の異常、肺機能の低下、呼吸器系の疾患や死亡のリスクが高まる原因となっている。実際、大気汚染は中国人にとって第4位の健康リスク要因であり(Yang et al,2013)、毎年、約35~50万人が平均寿命より早く亡くなっている(謝ほか、2016)。

さらに、国際的な試算によると、2060年までに大気汚染がもたらす世界経済の損失は、世界のGDPの1%に達し、中国やカスピ海地域、東ヨーロッパで特に深刻になる見通しである(Lanzi et al,2018)。その大きな理由の1つは、大気汚染による病気の増加で医療費がかさみ、投資や貯蓄に回す余裕が減ってしまうことである。他方、政府は増えた医療費をまかなうために増税する可能性があり、その負担は労働者の可処分所得を減らすことにつながる。高所得層は高価な空気清浄機でスモッグ対策ができるが、低所得層は高額な医療費を払えず、安価なマスクでしのぐしかない(Sun et al,2017)。

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