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Commentary

世界人工知能大会(WAIC)でみた中国AIの現状
実用化へ邁進する技術開発

華金玲
慶應義塾大学総合政策学部訪問講師(招聘)
経済
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中国はすでにAIの実用化における大市場になっており、AIチップやAIサーバーに対する膨大な需要が発生しつつある。そのチャンスをつかもうとしている中国のICメーカーも少なくない。写真はファーウェイの昇騰384超節点。2025年7月(著者提供)
中国はすでにAIの実用化における大市場になっており、AIチップやAIサーバーに対する膨大な需要が発生しつつある。そのチャンスをつかもうとしている中国のICメーカーも少なくない。写真はファーウェイの昇騰384超節点。2025年7月(著者提供)

2025年7月26日~7月28日に上海で「世界人工知能大会」が開かれ、会場には3日間にのべ30万5000人の参観者が詰めかけた。大会では145の分科会が開催され、人工知能(AI)のさまざまな応用事例についての紹介があったほか、広大な展示場に827の企業や団体が出展して、AIを利用した自社の最新技術を紹介した。

中国のAI実用化技術お披露目の場として

ヒト型ロボットの競演

AIというと、ChatGPTのようなオンラインで利用するソフトウェアを想像しがちであるが、自動車の自動運転、各種のロボット、ビルに入る時の顔認証システムなど、さまざまなハードウェアにもAIは搭載されている。展示会場で最も来場者の人気を集めていたのも、ヒト型ロボットなどさわれるものであった。

例えば、展示会場を入ってすぐ前の目立つ場所にはヒト型ロボットが働くお店や工場があり、銀河通用(Galbot)や擎朗智能(Keenon Robotics)のヒト型ロボットが客の注文に応じて飲料を出したり、ポップコーンを作ったりしていた(写真1)。

写真1 「智慧小売店」で働く銀河通用のヒト型ロボット。ただし、本当に商品を売っているわけではない。(著者撮影・提供、以下同じ)
写真1 「智慧小売店」で働く銀河通用のヒト型ロボット。ただし、本当に商品を売っているわけではない。(著者撮影・提供、以下同じ)

ヒト型ロボットのなかでも特に参観者たちを驚かせたのが、宇樹科技(Unitree)のG1-boxingである。「彼」はプロボクサーのように肩をいからせて入場し、ボクシングの動作をして見せたが、その動きがとても滑らかだった(写真2)。

写真2 宇樹科技のヒト型ロボットG1-boxing
写真2 宇樹科技のヒト型ロボットG1-boxing

また、四つ足で歩く犬型ロボットを数社の中国メーカーが展示していた。なかでも杭州雲深処科技(DEEP Robotics)の犬型ロボットは立ち上がったり(写真3)、とんぼ返りをしたりして来場客を驚かせていた。

写真3 杭州雲深処科技(DEEP Robotics)の展示スペースで立ち上がる犬型ロボット
写真3 杭州雲深処科技(DEEP Robotics)の展示スペースで立ち上がる犬型ロボット

ただ、ヒト型ロボットにしても犬型ロボットにしても、何社もの出展者が似たような形や機能のロボットを開発しているのは気になった。いま中国で最も流行している言葉は「巻(juan)」であり、これは国内企業どうし、あるいは似たような経歴の人たち(例えば大学生)の間で激しい競争が起きている状態を指すが、ヒト型・犬型ロボットなど、作ってもまだなかなか利益が上がりにくい業界でも早くも「巻」が起きている。

電力業界のはたらくロボット

一方、電力業界の展示では、実用性に重きをおいたロボットが展示され、AIロボットが各産業のさまざまなニーズに対応し始めていることを実感した。中国の二大送配電企業の一つである国家電網は、無人で道路上を走り、ドローンや各種の計測機器を使って送電線の状況を確認する「知能巡回車」を展示していた。もう一つの送配電企業の中国南方電網は、感電の危険がある送電線の作業を行うロボット「悟空」(写真4)など危険作業をするロボットをいくつか展示していた。

写真4 中国南方電網の作業ロボット「悟空」
写真4 中国南方電網の作業ロボット「悟空」

人間と対等に協働するAI

分科会でもAIのさまざまな応用事例が紹介された。アリババの生成AIモデルQwen(通義千問、通義万相)の応用事例を紹介する分科会では、人材紹介サイトの智聯招聘が、求職者のエントリーシートを人事部の代わりにAIがみて会社に合う人を振り分けてくれるシステムや、企業を代弁して求職者からの質問に答えるAIエージェントなどのシステムを紹介した。また、オランダの照明器具メーカー、シグニファイはQwenを導入して、人や車がまばらな場合は街灯の照度を小さくするシステムや街頭照明のメンテナンスを行っている事例を説明した。

聯影智能(United Imaging)という医療用AIの会社が設置した分科会では、同社のAI診断システムが紹介された。CTスキャン画像の分析は、医師にとって長時間の集中を要する過酷な作業となっているが、同社の胸部CTスキャン解析AIは、スキャン画像から自動的に76種類の病気の存在を割り出して診断報告書を生成することができるという。分科会では胸部CT画像をみてどれだけ優れた診断報告書が書けるかをAIチームと医師チームに分かれて競い合うプログラムも行われた。復旦大学付属中山医院の放射治療科に属する若手医師たちが3人ずつ人間チームとAI+人間チームに分かれ、さらにAIだけのチームも参加して3チームで、同じ3人の患者のCT画像をみて、制限時間内に診断報告書を書いた。その報告書をシニアの専門家が評価したところ、専門家たちは一致してAI+人間チームの報告書が最も優れていると判断した。AI+人間チームに参加した医師がいうには、このAIシステムを使った場合、医師が行うことはAIが指摘してくる問題を論理的に組み立てなおす作業であったという。ただ、専門家の評価ではAIの報告書は余計なことを書きすぎる傾向があり、温かみがないことが課題だと指摘した。

米中AI開発競争の最前線として

エヌビディアを狙い撃ちしたアメリカ政府の輸出規制

AIの世界では中国とアメリカが世界をリードしており、相互に強いライバル意識を持っている。アメリカは中国のAIの発展を食い止めるために、2022年10月からAIの訓練に使う先端的なICの輸出を規制し始めた。アメリカ政府はAIの訓練に最も広く使われているエヌビディア(NVDA)のA100とH100というデータセンター向けGPU(Graphics Processing Unit)の輸出を禁止し、それに匹敵する加工プロセスのICを中国企業が台湾TSMCに生産委託することも禁じた。しかし、エヌビディアにとって中国は大きなお得意様であり、中国市場をあきらめるわけにはいかない。そこでエヌビディアはアメリカ政府の規制に合うように性能を落としたA800/H800というGPUを開発して中国に輸出した。ところが、それを使って中国企業が生成AIアプリ「DeepSeek」を開発するなどしたため、アメリカ政府はこれらの輸出も禁止した。そこで、エヌビディアはそれよりもさらに性能を落としたH20を中国に輸出し続けている。

アメリカはエヌビディアのGPUは中国AIの発展にとってのチョークポイントだと認識しており、それゆえに輸出規制によって中国のAIの発展を止められると思っている。しかし、このたびの世界人工知能大会の展示をみて、その状況はそう長く続かないのではないかと思わざるをえなかった。AI向けのICチップやそれを搭載したAIサーバーなどを展示している中国企業が数多くあったためである。

コンピュータの心臓部も独自生産が進む

特に参観者の注目を集めたのがファーウェイのAIコンピュータクラスター、「昇騰384超節点(Atlas900 A3 SuperPoD)」であった(表紙写真)。これにはファーウェイが自社開発した昇騰NPU(Neural Network Processing Unit)384個、鯤鵬CPU(Central Processing Unit)192個が搭載されており、大言語モデルをこれまでのAIクラスターの2~3倍の速さで動かすことができるという。

沐曦集成電路(上海)股份有限公司(METAX)は2020年に創立されたばかりの若い企業であるがGPU設計経験者を集めて、各種のGPUを生産している。また、自社GPUを搭載したサーバーやデータセンターも作っている。

一方、中昊芯英はディープラーニングの効率化に有効なTPU(Tensor Processing Unit)を生産している。グーグルでTPUの開発にあたっていた人物が独立して、他社の経験者を集めて2018年に創設した。北京算能(Sophgo)もTPUを生産する企業で、それを搭載したサーバーなども生産している。

また、自動車メーカーの吉利汽車は子会社億咖通(ecarx)でスマートコックピットや自動運転・ADAS(先端運転支援システム)などに用いるAIチップを生産している。

今回の大会に出展した企業の大半が中国企業であったこと(注1)が如実に示しているように、中国はすでにAIの実用化における大市場になっており、AIチップやAIサーバーに対する膨大な需要が発生しつつある。そして、そのチャンスをつかもうとしている中国のICメーカーも少なくない。

AI用ICとして、これまではエヌビディアのH100/A100が多く使われてきた。中国のAI開発者たちの間でも使い慣れたエヌビディア製ICに対する信頼が強く、そのため、中国には輸入できないはずのH100/A100などが町中で公然と売られていたりもする(写真5)。

写真5 深圳市内に展示されているエヌビディアのH100を8個搭載したグラフィック・カード。店番の女性によれば「在庫はいくらでもある」そうである。
写真5 深圳市内に展示されたエヌビディアのH100を8個搭載したグラフィック・カード。店番の女性によれば「在庫はいくらでもある」そうである。

しかしAIにはGPUが最適かどうかについてはAI業界のなかで結論が出ていないようである。今回の展示でもAI計算用のICとしてGPU以外にNPUやTPU、さらに光ICやそれを使った計算カードを展示する曦智科技という会社もあった。

輸出規制で得をするのは誰か?

そのような状態のもとで、アメリカ政府がアメリカ企業から中国へのAIチップ供給の蛇口を閉じれば、それはアメリカの意図とは裏腹に、中国のICメーカーに対する幼稚産業保護政策として作用し、中国の国内需要のより多くが国産ICに向かうことはほぼ確実だと思われる。それによって今回展示をしていた中国のICメーカーのいずれかがAI計算用ICのシェアをエヌビディアから奪う展開も想定される。アメリカ政府による輸出規制は中国のAIの発展を抑えるよりも、エヌビディアの成長を抑える結果になる可能性が高い(編集部:関連記事として丸川知雄「DeepSeekの衝撃(続)――「開放性」は「地政学」に勝つ」もご参照ください)。

注1 筆者が出展した827の企業・団体を確認したところ、外国企業はマイクロソフト、テスラ、シーメンスなど25社程度であり、残りはすべて中国企業だった。

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