Commentary
アパレル通販SHEIN(シーイン)のスピードの舞台裏
「クイック・レスポンス」(QR)都市・広州をゆく

住民たちの手で成立したアパレル産業の町
広州市には十三行の他にもう2か所アパレル卸が集まっている場所がある。一つは地下鉄沙河駅周辺で、ここの規模は十三行よりさらに大きく、もっぱら女性向けアパレルを卸している。もう一つは広州駅南側の流花と呼ばれる地域で、ここには女性服だけでなく男性服(主にカジュアルウェア)の卸も多数集まっている。本稿では主に前者について紹介する。
沙河はファッション街というよりも巨大卸売市場の風情で、売られている服は十三行よりも安く、納期も極めて速いとの評判である(表紙写真)。ここで売られている服の多くを作っているといわれるのが、広州市海珠区のアパレル産業集積である。
それは海珠区の康楽村と鷺江村および広州大道を挟んで東側の上衝村、上涌村、大塘村に広がっている。この一帯は1990年代までは都市と農村の境目であった。どの国でも都市が拡大していく過程で、周囲の農村の田畑が買い上げられて宅地や商店街などに変わっていく。中国では都市の土地は国有、農村の土地は集団所有と定められているため、都市化をする際には、都市政府が周囲の農村の土地を買い上げて国有とし、その用途を転換して不動産会社に土地の使用権を売却して開発させる。ところが、広東省では農村の力が強いため、農村は田畑の売却には応じたが、住宅地や開発用地(注7)の売却に応じなかった。
そして村民たちは自らの手で都市化する道を選んだ。すなわち、自分たちの住宅地に6~7階建てぐらいのビルを建て、その部屋を賃貸するのである。村には都市計画の管理が及ばないため、村民たちは家の敷地ぎりぎりにまで建物を建てる。その結果、ビルとビルの間が1階では1メートルほど、上の方では50センチも離れていないぐらいに密集し、昼でも中は暗く密集した都市が形成される(写真5)。最近、映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」をきっかけに香港にかつて存在した九龍城寨が話題となっているが、九龍城寨みたいなものが広州市海珠区だけでざっと30か所ぐらい存在する(編集部:九龍城寨(城砦)については、倉田明子「香港史・香港人にとっての九龍城寨」もご参照ください)。

写真5:大塘村の様子。これでも立派な通路で、左は理髪店、右はアパレル関連の工場。
そのうち、特に康楽村・鷺江村および上衝村・上涌村・大塘村には衣服縫製業者が多数入っている。ここでは服作りが細かい分業によって行われている。生地の裁断と縫製を担うのは従業員10数人程度の企業で、ここでは比較的規模が大きい。その他には、パターン制作、生地のシワ加工、生地の細切り裁断、ボタン付け、刺繍、プリント、アイロンによるビーズ付け、手縫いによるビーズ付け、アイロンがけと包装などを専門的に担当する企業がそれぞれあり、いずれも従業員3~5人程度である。こうした細かい分業により、小ロットの注文をスピーディーにさばくことができるといい、発注から袋詰めされた衣服ができるまでに要するのはたった24~48時間だという。SHEINよりいっそうの安さと速さを求められる国内向けアパレルを作る役目は海珠区の集積が担っている。
この町に衣服縫製業者が多く集まるのは、発注元の沙河から地下鉄で40分程度と近いうえに家賃が安いためである。ここであればアパレル工場として使えるフロアが100㎡あたり3000元(約6万円)程度で借りられる。生活コストも安く、1泊40元(約800円)ぐらいで泊まれる宿があるし、ベッドだけであれば上段は1泊13元(約260円)、下段は15元(約300円)である。通り沿いには安い飲食店や八百屋などが立ち並び、安く生活するのに必要な施設は揃っている。
ただ、衛生環境はおせじにも良いとはいえない。上下水道は完備し、ゴミ回収もあり、区政府が雇った清掃員が道路を掃いているが、あまりにも人口密度が高いため、夕方になるとゴミだらけになってしまう。また、パソコンを使ってパターン制作を行う会社以外はエアコンは入っておらず、開けっ放しの中で作業が行われている(写真6)。
このように生活環境も労働環境も決して良くはないが、その代わり賃金はけっこう高く、張り紙の募集広告を見ると、月6000元(約12万円)から月13000元(約26万円)の間である。
広州市には白雲区にもアパレル産業の集積地があり、そこでは主に流花のアパレル卸市場で売る服が作られているという。

写真6:エアコンなしで、開けっ放しで作業を行う従業員たち。