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Commentary

米中貿易摩擦のもとでの太平洋貿易の変化

大橋英夫
専修大学大学院経済学研究科教授
経済
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2024年12月7日~8日に清華大学国情研究院と東京大学中国イニシアティブとの共催による「第4回清華大学・東京大学発展政策フォーラム」が東京で開催された。写真は公開シンポジウムが行われた会場。(2024年12月8日)
2024年12月7日~8日に清華大学国情研究院と東京大学中国イニシアティブとの共催による「第4回清華大学・東京大学発展政策フォーラム」が東京で開催された。写真は公開シンポジウムが行われた会場。(2024年12月8日)

解題

2024年12月7日~8日に清華大学国情研究院と東京大学中国イニシアティブとの共催による「第4回清華大学・東京大学発展政策フォーラム」が東京で開催された。今回のテーマは「競争と協力――グローバルな不確定性のもとでの日中経済貿易関係」である。

12月8日には東京大学にて公開シンポジウムが開催された。そのシンポジウムで行われた講演の概要を順次紹介する。

中間財・部品の輸出国に変化した中国

過去数年を振り返ってみると、中国からアメリカへの輸出は2020年頃には「巣ごもり特需」によってパソコンやゲーム機が一時的に増加した。しかし、コロナ後は再び減少に転じた。ただ、そうしたなかで800ドル以下の少額小口貨物が増えている。これはTemuとかSHEINなどを通じた電子商取引の増加によるものと考えられる。いまや少額小口貨物がパソコン、スマホに次ぐ第3の輸出品目となっている。また中国からアメリカへの中間財輸出の減少は、アメリカの製造業の生産と輸出の減少に直結している。

アメリカから中国への輸出に関しては、2020年に「第一段階の合意」がなされ、財・サービスの輸出を2000億ドル増やすことになった。しかし、その後コロナ禍が激化するなかでこの合意は実現できなかった。中国はアメリカよりもむしろブラジルなどから大豆などの農産物輸入を増やした。

米中貿易摩擦のなかで中国から第三国を経由してアメリカに輸出するパターンが増えている。付加価値貿易から見ると、中国からアメリカへの直接輸出によって中国は3614億ドルの付加価値を得ているが、その一方でメキシコやASEANなどを経由した貿易によって802億ドルの付加価値を得ている。中国の対米輸出に含まれる中国国内の付加価値は2004年には76%ほどまで下がったが、その後は上昇し、2020年には85%近くになっている。

また、ベトナムからアメリカへの輸出のなかに含まれる中国の付加価値の割合が18%にまで上がってきている。メキシコやASEAN(タイ、カンボジアなど)の対米輸出のなかでも中国の付加価値の割合が上昇している。タイでは2013年頃までは日本が生み出した付加価値の割合の方が高かったが、その後は中国産の付加価値の割合が日本を上回った。これらの現象は中国から東南アジアに部品などの中間財が輸出され、製品に加工されたのちにアメリカに輸出される流れが大きくなっていることを意味する。

一方、太平洋貿易の主要商品である電気電子製品と自動車では、まず中国の電気電子製品の輸出のなかに含まれる各国の付加価値額を見ると、半導体の主要生産国である韓国、台湾、日本、アメリカの順で多い。また、中国の自動車輸出に含まれる各国の付加価値では自動車の主要生産国である日本が最も多く、次がドイツである。

各国の電子電気製品の輸出のなかに含まれる中国の付加価値額を比べると、メキシコの輸出において最も多く、ベトナムとタイがそれに続く。各国の自動車輸出のなかに含まれる中国の付加価値額を比べると、タイの輸出において最も多く、メキシコと韓国がそれに続く。

これらのデータは中国が資本財や中間財の輸出国として成長していることを示している。アメリカの製造業に対する投入財の供給においても中国のシェアは高く、(アメリカ以外では)中国が65%を占めている。原産地までたどって行くと、投入財の94%が中国に淵源(えんげん)するという分析結果もある。

トランプ新政権の展望

アメリカのバイデン政権は、前任のトランプ政権が導入した追加関税など中国に対する規制措置を維持する一方、前政権のアメリカ第一主義を転換し、国際連携を強化した。また、産業競争力とサプライチェーンの強化を目指す産業政策を推進してきた。CHIPS・科学法やインフレ削減法では、中国産の部品を使う製品には補助金を出さないとか、アメリカ政府の補助金をもらった企業は10年間中国での拡張投資をしてはいけないとするなど、中国に対する警戒感を強めている。また、同盟国や同志国との国際連携を進め、インド太平洋経済枠組(IPEF)を立ち上げた。但し、トランプ新政権はおそらくIPEFを廃止するだろう。

トランプ新大統領の公約は貿易収支を均衡させることである。その公約を実現するために輸入全般に10%の追加関税をかけ、中国からの輸入に対しては60%の追加関税を課すと言っている。民主党の大統領選綱領によると、輸入全般への10%課税によりアメリカの家計負担は年間1500ドル増え、さらに中国からの輸入に60%の追加関税を課した場合、家計負担はさらに年間1000ドル増えるという。トランプ氏は中国に対する最恵国待遇を取り消し、電気自動車(EV)購入に対する補助金もなくすと言っている。そして製造業の超大国となることを目指して、石油など化石燃料の生産を拡大する方針である。

アジア経済研究所がトランプ新政権の関税政策が実行に移された場合の影響を試算しているが、一般的な印象と大きな違いはない。つまり、アメリカと中国はGDPの大きなマイナス効果を被るのに対して、ASEANとインドにはプラスの効果があり、日本はプラスとマイナスの効果が相殺されて余り影響を受けそうにない。

中国投資の重要性

日本は2022~023年に貿易・サービス収支が赤字であったが、所得収支は大幅な黒字だったために、2023年の経常収支は黒字を維持した。所得収支の黒字をもたらしたのが対外投資からの収益である。なかでも中国の直接投資から日本企業は依然として大きな収益を上げている。

ところが、日本企業の中国投資に対する意欲は近年大きく低下している。2024年のジェトロの調査によれば、今後1~2年に事業を拡大すると回答した日系現地法人の割合は香港が最も少なくて12.7%、中国は2番目に少なくて21.7%であり、世界各国に進出している日系企業のなかでも最低レベルにある。

日本企業が生産拠点を中国からベトナムやタイに移す動きも進んでいる。日本企業が中国投資に対する意欲を低減させている理由として、ゼロコロナ政策の実施、改正反スパイ法の施行、2024年に頻発した無差別殺傷事件の影響が指摘されている。またビジネス上の観点からは、中国での景気減速、地場企業などとの競争の激化、地政学的考慮などが指摘されている。

これから世界経済の分断がさらに進行し、世界がいくつかの陣営に分かれてしまうリスクがある。ただ、中国とASEANが貿易や直接投資を通して、市場ベースで連繋を強めていることは注目に値する。

(2024年12月8日の東京大学における講演に基づいて丸川知雄が記録をまとめた)

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