Commentary
米中貿易摩擦のもとでの太平洋貿易の変化

トランプ新政権の展望
アメリカのバイデン政権は、前任のトランプ政権が導入した追加関税など中国に対する規制措置を維持する一方、前政権のアメリカ第一主義を転換し、国際連携を強化した。また、産業競争力とサプライチェーンの強化を目指す産業政策を推進してきた。CHIPS・科学法やインフレ削減法では、中国産の部品を使う製品には補助金を出さないとか、アメリカ政府の補助金をもらった企業は10年間中国での拡張投資をしてはいけないとするなど、中国に対する警戒感を強めている。また、同盟国や同志国との国際連携を進め、インド太平洋経済枠組(IPEF)を立ち上げた。但し、トランプ新政権はおそらくIPEFを廃止するだろう。
トランプ新大統領の公約は貿易収支を均衡させることである。その公約を実現するために輸入全般に10%の追加関税をかけ、中国からの輸入に対しては60%の追加関税を課すと言っている。民主党の大統領選綱領によると、輸入全般への10%課税によりアメリカの家計負担は年間1500ドル増え、さらに中国からの輸入に60%の追加関税を課した場合、家計負担はさらに年間1000ドル増えるという。トランプ氏は中国に対する最恵国待遇を取り消し、電気自動車(EV)購入に対する補助金もなくすと言っている。そして製造業の超大国となることを目指して、石油など化石燃料の生産を拡大する方針である。
アジア経済研究所がトランプ新政権の関税政策が実行に移された場合の影響を試算しているが、一般的な印象と大きな違いはない。つまり、アメリカと中国はGDPの大きなマイナス効果を被るのに対して、ASEANとインドにはプラスの効果があり、日本はプラスとマイナスの効果が相殺されて余り影響を受けそうにない。
中国投資の重要性
日本は2022~023年に貿易・サービス収支が赤字であったが、所得収支は大幅な黒字だったために、2023年の経常収支は黒字を維持した。所得収支の黒字をもたらしたのが対外投資からの収益である。なかでも中国の直接投資から日本企業は依然として大きな収益を上げている。
ところが、日本企業の中国投資に対する意欲は近年大きく低下している。2024年のジェトロの調査によれば、今後1~2年に事業を拡大すると回答した日系現地法人の割合は香港が最も少なくて12.7%、中国は2番目に少なくて21.7%であり、世界各国に進出している日系企業のなかでも最低レベルにある。
日本企業が生産拠点を中国からベトナムやタイに移す動きも進んでいる。日本企業が中国投資に対する意欲を低減させている理由として、ゼロコロナ政策の実施、改正反スパイ法の施行、2024年に頻発した無差別殺傷事件の影響が指摘されている。またビジネス上の観点からは、中国での景気減速、地場企業などとの競争の激化、地政学的考慮などが指摘されている。
これから世界経済の分断がさらに進行し、世界がいくつかの陣営に分かれてしまうリスクがある。ただ、中国とASEANが貿易や直接投資を通して、市場ベースで連繋を強めていることは注目に値する。
(2024年12月8日の東京大学における講演に基づいて丸川知雄が記録をまとめた)