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Commentary

現場なき中国研究への回帰か?
米国で見た高度なデータ解析の潮流と遠ざかる現地調査

伊藤亜聖
東京大学社会科学研究所准教授
経済
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現地での調査が困難となる中、米国の中国研究は最先端の手法が活用される一方で、それを冷戦期に似た研究への回帰とみなす指摘もある。写真はハーバード大学経済学部が入るLittauer Center。2024年2月21日撮影。
現地での調査が困難となる中、米国の中国研究は最先端の手法が活用される一方で、それを冷戦期に似た研究への回帰とみなす指摘もある。写真はハーバード大学経済学部が入るLittauer Center。2024年2月21日撮影。

キャンパスでは広い意味での社会科学研究にかかわる新世代の台頭も感じ、研究手法の発展は著(いちじる)しかった。米国の研究大学院における大学院生を含む若手の研究者には大規模なデータを用いた機械学習(特に深層学習)を導入する動きが広がっている。学部あるいは修士段階で計算機科学を専攻していた経済学や政治学の大学院生が増えているようにも思われた。滞在時期がちょうどChatGPTのリリース(2022年11月)と重なったこともあり、現地で大規模言語モデルをいかに社会科学研究に活用できるか、という熱気を感じられたことも印象的であった。この他、人工衛星による夜光データを用いた米中貿易摩擦の中国への影響に関する地理的推計、歴史的な発明文書から長期イノベーション指数を構築する取り組み、収集した県レベルのゼロコロナ政策の強度を基にしたコロナ下の政治経済分析、中国人民解放軍の公開人事情報に基づく軍内の昇進メカニズムの推計など、現地で触れた研究はいずれも刺激的だった。

ハーバード大学学内では各所で著名な研究者による講演が頻繁に開催されていた(2023年11月29日撮影)
ハーバード大学学内では各所で著名な研究者による講演が頻繁に開催されていた(2023年11月29日撮影)

現地から遠ざかる中国研究

中国研究が難しい時代に入りつつあることも感じた。インターネットを通じて各種データを得られる中で、中国に足を踏み入れずに飛び切りの実証分析をする研究者もいる。少数の突出した才能を持つ研究者のまわりにそうした成果が集中している。しかしこれを真似することは容易ではなく、一般にはやはり現場感覚が必要である。現地の院生が企画するインフォーマルな中国政治に関する研究会もあり、毎週発表が繰り広げられていた。ただ、その研究会を以前から知る人に言わせると、近年では参加者が減り、退潮が著しいとのことだった。背景には中国人の大学院生を含めて現地調査が困難化し、中国政治を分析することがあまりにセンシティブになってきたことがある。結果、中国人留学生が問題意識を持っていても、政治的なリスクの低い分析方法論(例えば政治学方法論)にシフトする傾向があるようだった。

より広く米国における戦後中国研究の趨勢(すうせい)を大づかみに理解する上では、2024年にJournal of Contemporary Chinaにデイビッド・シャンボー教授が書いた論考「米国における現代中国研究の進化:原点回帰か?」が示唆に富む。彼は米国における中国研究は多分に中国自体の変化やディシプリン(政治学等)の発展からの影響を受けた受動的な分野だとみる。その上で研究者を6世代に分類し、最初の世代は冷戦初期のクレムリノロジー(ソ連で公になった数少ない情報を基に政治情勢などを分析する手法。ソ連共産党の中枢がモスクワのクレムリン宮殿にあったことに由来する)に類似したアプローチだったと位置付ける。そして現在、再び現地調査が困難化していることを踏まえ、ある種、冷戦期共産圏研究のように外部から中国を知ろうとするような時代に回帰しつつある、と指摘する。これは日本の中国研究にとっても他人事ではない問題提起である(日本に拠点を置く中国研究者が中国で拘束されてきた事例については本ウェブサイト「中国の国益を損なう「国家安全」重視路線」を参照)。

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