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Commentary

桂林農村部で垣間見た「身の丈」イノベーション
中国農村部における社会発展に向けた取り組み②

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター 理事・副センター長
経済
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都市部の大企業だけでなく、農村部の農家でも、「自分たちの暮らしや身のまわりを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という気構えと実践が見られ、それが中国全体のイノベーションを生み出している。写真は桂林郊外に位置する陽朔県のキンカン産業示範区。このビニールハウスも「身の丈」イノベーションの産物である。陽朔県金橘核心示範区提供
都市部の大企業だけでなく、農村部の農家でも、「自分たちの暮らしや身のまわりを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という気構えと実践が見られ、それが中国全体のイノベーションを生み出している。写真は桂林郊外に位置する陽朔県のキンカン産業示範区。このビニールハウスも「身の丈」イノベーションの産物である。陽朔県金橘核心示範区提供

実はこのビニールハウスは、通常より簡易に作られている。簡単な骨組みにビニールシートをかぶせた低コストのもので、「2~3年ごとに新しいものに交換する」という。簡易ハウスを導入したことで、キンカンの品質が大幅に向上するとともに、生産量が70%増え、販売期間が100日延びた。

農作物の品種改良や栽培方法の改善で収穫量が伸びたのは、先に紹介した羅漢果も同様だ。羅漢果は以前、苗を植えてから実が収穫できるまで4~5年かかっていたが、今では1年で収穫できるようになり、糖度と収穫量もアップした。

こうした改良や改善も「身の丈に合ったイノベーション」といえるだろう。農村部におけるイノベーションは、大企業による最先端技術の応用とは全く異なるものだ。しかし、中国全体のイノベーションに取り組む姿勢には共通点がある。それは、農村部の農家だろうと、都市部の巨大企業だろうと、そこでイノベーションに従事している人たちの「自分たちの暮らしや身のまわりを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という気構えと実践である(注3)。こうした意識の社会全体の総和が中国のイノベーションの底力であり、産業発展の原動力である。

暗中模索で進めてきた桂林銀行による「農村振興」は苦労の末に動き出したが、まだ緒(しょ)に就いたばかりである。先に、棚田景観区において民宿建設や観光収入によって一定規模のお金が動き始めていることを紹介したが、同じような状況はキンカンの産業示範区でも起きている。示範区内に位置する白沙鎮だけでも、キンカンの年間売上高は10億元(220億円)を超えており、簡易ビニールハウスをはじめ、付随する投資も大きな規模になっている。そこにはお金の流れと新たな需要が確実に生まれている。かつて貧困だった村々に産業が興(おこ)り始めているわけだが、桂林銀行と地場産業の間に真の好循環サイクルが確立されるまでには、まだまだ時間が必要だ。

現地の産業従事者たちにとっても、勝負はこれからだ。桂林産や広西産の農産品が広東省や福建省に出荷され、そこで加工された後、「広東産」「福建産」の商品として市場に出回ることも多い。地元の産業をさらに成長発展させるには、「農産品の加工や流通に至る産業体系をしっかりと構築する必要がある」(桂林銀行幹部)。

桂林銀行の従業員の平均年齢は29.8歳で、顔を合わせる行員たちは皆若い。董事長(銀行のトップ)以下、経営陣26名の構成をみても、1970年代生まれの「70後」が18名、「80後」も5名おり(注4)、銀行全体に若い力がみなぎっている。桂林銀行や農村地域の次なる発展ステージが楽しみだ。筆者の桂林訪問もまだまだ続く。

(注[1]) 「示範区」の正式名称は「服務郷村振興示範区」(農村振興サービス示範区)。

(注[2]) 桂林銀行「2023年度 年度報告」を参照。

(注[3]) 筆者は野村総合研究所『知的資産創造』2021年7月号掲載の「中国のデジタル化と若者」のなかで、中国のスマホアプリを通じた各種サービスの出現と社会への急速な浸透の背景に「身のまわりの不便、不満、不安を改善・解消したい」という動機が働いていたことを紹介している。

(注[4]) 桂林銀行「2023年度 年度報告」を参照。

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