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Commentary

桂林農村部で垣間見た「身の丈」イノベーション
中国農村部における社会発展に向けた取り組み②

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター 理事・副センター長
経済
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都市部の大企業だけでなく、農村部の農家でも、「自分たちの暮らしや身のまわりを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という気構えと実践が見られ、それが中国全体のイノベーションを生み出している。写真は桂林郊外に位置する陽朔県のキンカン産業示範区。このビニールハウスも「身の丈」イノベーションの産物である。陽朔県金橘核心示範区提供
都市部の大企業だけでなく、農村部の農家でも、「自分たちの暮らしや身のまわりを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という気構えと実践が見られ、それが中国全体のイノベーションを生み出している。写真は桂林郊外に位置する陽朔県のキンカン産業示範区。このビニールハウスも「身の丈」イノベーションの産物である。陽朔県金橘核心示範区提供

1999年、地元政府が棚田の観光開発を本格化するという話を聞き、北京から帰郷した。民宿開業の準備をしながら、まず手掛けたのは3万本の植林だった。潘氏は棚田が広がる山を指さしながら、「山の稜線(りょうせん)から棚田にかけて木が生えているでしょ。あれを1本1本植えたんです」と説明してくれた。周辺の山々は、住民が薪にするため長年にわたって樹木を伐採してきたので、はげ山になっていた。周りの村民たちに声をかけ、保水と景観回復のための植林を進めた。

道路や下水処理施設など、政府によるインフラ整備も進むなかで、潘氏は2003年に民宿を開業。棚田景観区のなかで最早期に建てられた宿泊施設だった。潘氏は大寨村の共産党支部の書記を16年務めたが、自身も少数民族の瑶(ヤオ)族であり、瑶族の伝統文化の継承にも尽力している。

現在、「龍脊の棚田」は、「漓江の川下り」と並ぶ桂林の代表的な観光スポットとなっている。景観区の観光開発は、龍勝各族自治県人民政府の管轄下の国有観光開発会社と旅行社2社の合弁事業として進められている。景観区の入場料収入の10%が棚田のある村々に還元される仕組みで、2019年には大寨村(63世帯、住民255人)に720万元(約1.6億円)の「分紅」(利益分配)があった。

周辺の村々を合わせると、棚田の景観区には240世帯、1,200人が暮らしているが、域外からの投資もあり、今では民宿が200軒以上建っている(図3)。「民宿」といっても、客室が15~20室ほどあり、1棟の建築費に400~500万元(1億円前後)かかるという。こうした観光開発や観光客が落としていく観光収入によって、「極貧」だった村に大きなお金の流れが生まれている。

図3 潘保玉氏と棚田景観区に立つ民宿

出所)2024年4月筆者撮影 

ゼロエミッションを実現した若手養牛家

雁山区雁山鎮の村にある「広西嶸盛生態養殖有限公司」(以下、広西嶸盛)の廖栄強総経理(社長)は1994年生まれの若者だ。廖氏は中国東北部の大学で経営管理を勉強した後、故郷に戻った。実家の一族が養牛事業などを手掛けていたこともあり、2020年に広西嶸盛を起業し、自らも養牛事業に乗り出した。

現在、広さ約19ヘクタールの農場では、常時4,000頭、通年で1万頭の肉牛が飼育され、5,000頭が出荷されている。「今後3年で、常時1万頭を飼育する規模に拡大したい」という。

広西嶸盛を訪問して驚いたのは、牛の飼育場に入っても全く臭いがしないことだ。飼料の原料には、羅漢果(らかんか、次節参照)やトウモロコシのカス、稲わらなどが使われている。それらをいったん発酵させて飼料にするのだが、発酵促進剤を大学と共同で開発した。発酵促進剤にはアンモニアを分解する成分が含まれており、それを飼料原料の発酵に使うほか、飼育場や牛糞を利用した有機肥料の製造工程でも噴霧している。そのため農場全体で異臭が発生しない。近くには住宅や大学も隣接しているが、「これまで一度も苦情は来ていない」という。

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