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Commentary

急速に浸透する桂林銀行の農村振興活動
中国農村部における社会発展に向けた取り組み①

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター 理事・副センター長
経済
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桂林銀行は、「農村振興」に舵を切ってからわずか5年ほどの間に組織を急拡大させつつ、農村地域に根付いた実直な事業展開を進めている。写真は小微支行(出張所)の店内。銀行独特の窓口カウンターがなく、代わりに応接テーブルとイスが置かれている。2024年5月、筆者撮影
桂林銀行は、「農村振興」に舵を切ってからわずか5年ほどの間に組織を急拡大させつつ、農村地域に根付いた実直な事業展開を進めている。写真は小微支行(出張所)の店内。銀行独特の窓口カウンターがなく、代わりに応接テーブルとイスが置かれている。2024年5月、筆者撮影

愚直な周知活動

桂林銀行が「農村振興」に舵(かじ)を切ってからまだ5年ほどしか経(た)っていないが、その間に拠点数や社員数は急増している(表3)。2019年から23年にかけて、村の服務点の数は3倍増え、2023年末時点で約7,000店舗に達しており、社員数は1.8倍増の約7,600人となった(それとは別に、服務点の店舗数と同数の站長がいる)。コロナ禍と重なったこの時期に、これだけスピード感をもって規模拡大を進めたのは驚きだ。

表3 社員数と服務点店舗数の推移

表3 社員数と服務点店舗数の推移
出所)桂林銀行「年度報告」各年度版

注:社員数、服務点数ともに各年末時点の数。従業員数は桂林銀行単体。若干の派遣社員を含む。

「農村振興」を主導したのが、現在、董事長(銀行のトップ)を務める呉東氏である。呉董事長に「最も苦労したことは何か」聞く機会があった。少し考えてから「農村振興に取り組む理由、意義、価値観を銀行内外の関係者と共有するのが大変だった」という答えが返ってきた。「毎日毎日、周りの人に自分の考えを話して聞かせ、資料を作って説明した。それをひたすら繰り返すしかなかった」。

「農村振興」事業がスタートする前から働いている幹部や行員たちにも大きな苦労があった。

「銀行に就職した頃は、ずっとカウンターの中で仕事をするものだと思っていました。今では毎日農村の現場を飛びまわっていますが、そんな姿は想像すらしていませんでした」

「農村部に桂林銀行の名前が浸透するまでは本当に大変でした。毎日、村々をまわって歩くのですが、どこでも歓迎してくれるわけではありません。銀行に戻ると、同僚たちと『今日はこんな目に遭った』『こうしたら上手くいった』と情報交換をして、手探りでやっていました」

「村の有力者に玄関払いされる日が続き、伝手(つて)を頼って何とか会うことができても、信頼してもらうために毎日毎日通いました。ようやく家に出入りできるようになって、ご飯の支度を手伝ったり、子供の面倒を見たり、そうやって信頼を得て、服務点のネットワークが徐々に広がっていきました」

桂林銀行における人材育成

こうした努力を経て「農村振興」事業が動き始め、社員数や拠点数が急拡大していった。それを支えているのが研修制度だ。成功のポイントは研修の頻度とコンテンツの整備である。

2023年、桂林銀行が行内向けに実施した研修は、対面研修が計1,298回、参加人数は延べ8.76万人に達した。その他にオンライン研修が756回行われた。対面研修は行員一人当たり平均6回、オンライン研修は18回となる。2カ月に1回は対面研修があり、毎月1~2回オンライン研修を受けている計算だ。

研修や社員の研鑽(けんさん)のために作られているテキストや冊子類も充実している。「銀行・金融業務」「人事・労務管理」「成功体験・ナレッジ共有」「党・政府の組織・政策」「産業別状況」など幅広い(図5)。なかでも、桂林銀行の「基本法」といえるのが『価値綱領』だ。「事業」「戦略」「組織」「人材」のパートに分かれ、全34条からなる。第1条「我々の使命は金融業務を通じて人々の素晴らしい生活を実現することである」、第2条「我々のビジョンは農村振興サービスの模範とされる銀行になることである」という具合に、その内容は簡潔にまとめられている。

図5 桂林銀行の「基本法」ともいえる『価値綱領』とテキスト・冊子類

図5 桂林銀行の「基本法」ともいえる『価値綱領』とテキスト・冊子類
出所)2024年5月、筆者撮影

事業や組織が急拡大するなかで、明快かつ広範なテキストやルールブックを整備し、手厚い研修を行う手法は、中国が「世界の工場」と呼ばれた頃に巨大工場を次々と建てていった企業や2000年代に入ってインターネットやデジタルで急成長を遂げた企業などでも見られた。人材を短期間で育成して事業を急拡大させることが苦手な日本企業にとっては一つの示唆となろう。

――「全方位の生活支援」によって農村部で浸透した桂林銀行は、どのような産業支援活動を行っているのか。その下で生じている現地ならではの「身の丈」イノベーションとは?続きは「桂林農村部で垣間見た「身の丈」イノベーション」で。

(注[1]) 広西チワン族自治区に関する数値データは国家統計局『中国統計年鑑2023』を参照。少数民族の人口比率は広西チワン族自治区政府のホームページを参照。

(注[2]) 桂林市に関する数値データは中国統計出版社『桂林経済社会統計年鑑』2023年版を参照。

(注[3]) グループ傘下に一部農村部などで事業展開する小規模銀行が7行ある。

(注[4]) 都市部における団地を基盤にした社会の基層コミュニティ。

(注[5]) 「服務点」の正式名称は「農村普恵金融総合服務点」。

(注[6]) 総合サービス端末では、預入・引出・振込のほかに、公共料金や社会保険料の支払、資産運用、インターネットバンキング・モバイルバンキングの申請、個人情報の変更、キャッシュカード紛失手続などの個人向けサービスや口座開設、小切手授受などを含む法人向けサービスが受けられる。

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