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Commentary

急速に浸透する桂林銀行の農村振興活動
中国農村部における社会発展に向けた取り組み①

川嶋一郎
清華大学-野村総研中国研究センター 理事・副センター長
経済
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桂林銀行は、「農村振興」に舵を切ってからわずか5年ほどの間に組織を急拡大させつつ、農村地域に根付いた実直な事業展開を進めている。写真は小微支行(出張所)の店内。銀行独特の窓口カウンターがなく、代わりに応接テーブルとイスが置かれている。2024年5月、筆者撮影
桂林銀行は、「農村振興」に舵を切ってからわずか5年ほどの間に組織を急拡大させつつ、農村地域に根付いた実直な事業展開を進めている。写真は小微支行(出張所)の店内。銀行独特の窓口カウンターがなく、代わりに応接テーブルとイスが置かれている。2024年5月、筆者撮影

2024年4月、桂林市(広西チワン族自治区)郊外の農村部を視察する機会を得た。そこには、訪問前には想像していなかった世界が広がっていた。桂林は山水画のような風景で世界的に有名な観光地だが、その一方で、郊外の山間部には最近まで政府が「貧困村」と認定していた農村地帯が広がっている。

清華大学の先生から「桂林銀行が農村振興に力を入れているので、その状況を見に行かないか」と誘われたのだが、正直、訪問前はさほど期待していなかった。百聞は一見に如かず。現地を訪問すると、銀行の若い行員たちが大変実直に業務に当たっており、訪ねた村々も「中国の貧しい農村」のイメージとは違っていた。10ヵ所ほどの村を訪問し、数多くの施設を見学したが、どこも「こぎれい」だった。お金をかけて道路や建物を一新したというわけではなく、日頃から環境美化に努めていることが感じられた。村落のリーダーや事業に奮闘する起業家たちも、村の暮らし向きが良くなっている状況に自信を持ち、いきいきと活躍していた。

近年、日中間の人的往来が停滞するなかで、メディアには「不動産バブル崩壊」「失業率上昇」といった報道が溢(あふ)れている。また、過去10年ほど、中国の経済発展といえば、デジタル分野を中心とした新興企業や最先端のイノベーションが関心を集めてきた。桂林の「農村振興」の現場で目の当たりにしたのは、そういった華やかな世界とは異なる、純朴ともいえる光景だった。現地で出会った人々の地に足のついた活動は、筆者にとってとても「新鮮」だった。

翌5月、新たな視察の機会があるとのことで、喜んで現地を再訪した。以下に紹介する「農村振興」の状況は、あくまで桂林の事例であり、全国の農村部や貧困地域で同様な動きが起こっているわけではない。しかし、今日の中国農村部で現実に起きている一つの事象として、現地で見聞きした状況を紹介したい。

広西チワン族自治区・桂林市の概況

広西チワン族自治区は、経済発展著(いちじる)しい広東省の西隣りに位置する。面積は23.7万平方キロメートルで日本の本州より少し大きい。

人口は5,047万人で、都市人口が全体の55.7%、農村人口が44.3%。農村人口の割合が全国平均(34.8%)に比べて高い。「自治区」という名前の通り、チワン族を含めて12の少数民族が暮らしており、全人口の37.5%を占めている(以下、数値は2023年現在)。一人当たりGDPは5万2,164元で(1元=約22円)、甘粛省、黒竜江省につぎ全国で下から3番目だ(注1)。広西チワン族自治区の北東に位置する桂林市は、面積が2.8万平方キロメートルで、四国より一回り大きい。市内の行政区分は、中心部の6つの区のほか、周辺部に1つの県級市、8つの県、2つの少数民族自治県がある(注2)。常住人口は495万人で、農村人口比率は44.9%と、広西チワン族自治区全体の比率より若干高い。山間部には一昔前まで外部との往来も厳しい「陸の孤島」だった村落も多く、今日でも一人当たりGDPは4万9,196元と、自治区の平均より低い。主な産業は観光と農業で、市のGDPに占める第一次産業の割合は25.5%と、製造業を主とする第二次産業(21.7%)を上回っている。農産品では柑橘(かんきつ)類などの果物が全国的に知られている。

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