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Commentary

中国でなぜモバイル決済が拡がったのか
とにかく不便な現金決済が原動力に

西村友作
対外経済貿易大学国際経済研究院教授
経済
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現金や銀行を取り巻く劣悪な環境が、中国でモバイル決済が急速に普及した原動力となった。写真は、浙江省杭州市にある最先端技術の見本市メインメディアセンターの売店で、電子決済サービスを利用する女性。2023年9月21日(共同通信社)
現金や銀行を取り巻く劣悪な環境が、中国でモバイル決済が急速に普及した原動力となった。写真は、浙江省杭州市にある最先端技術の見本市メインメディアセンターの売店で、電子決済サービスを利用する女性。2023年9月21日(共同通信社)

現金を下ろすのも一苦労

決済手段として現金を使用するためには、事前に預金を現金化しておく必要があるが、その手段としての銀行やATMでのトラブルが社会問題となっていた。

手軽に現金を入手するのに利用されるのがATMだが、先進国と比較すると中国の設置台数は極めて少ない。世界銀行のデータよると、2009年における成人10万人当たりのATM台数は、中国はわずか19.9台にとどまり、米国(174台)の9分の1、日本(132.8台)の7分の1程度に過ぎず、世界平均(28.8台)よりも少なかった。

また、日本ではコンビニにもATMが設置されるようになり、気軽に現金を引き出せる環境ができているが、中国のATMは銀行の支店や大型商業施設などに集中しており、設置場所に偏りがみられる上に、そもそも銀行の支店数も多くない。世界銀行が公表している成人10万人当たりの銀行支店数をみると、中国の統計が遡(さかのぼ)れる2012年において、米国の167.2店、日本の33.9店に対し、中国はわずか7.8店程度に過ぎず、世界平均の11.5店をも下回っていた。多くのリソースが大都市に集中し地域格差が大きい中国では、地方に行くとさらに現金が入手しにくい状況となっている。

設置台数が少ないことに加え、ATMのトラブルも現金入手コストを高める要因となっていた。故障した状態で長期間放置されていたり、補充が不十分で現金が不足していたり、キャッシュカードが吸い込まれて出てこなくなったりと、様々なトラブルが頻発していた。さらに、日本では想像し難いことだが、ATMから偽札が混じって出てくるという問題もあった。

ATMでは一度に取り扱える金額に制限があるため、一定金額を超える入出金だと銀行窓口に行って手続きをする必要がある。また、当時は通帳しか持たない銀行利用者も少なくなかった。しかし、銀行では現金業務に対応している窓口が少なく、利用者が長時間待たされるという問題が発生していた。現金対応窓口が少ない理由の一つとして、収益性の高い業務を優先的に受け付け、相対的に儲けが小さい現金業務を銀行が軽視していることが消費者協会の調査でも指摘されている。

おわりに

本稿でみてきたように、現金や銀行を取り巻く劣悪な環境が、中国でモバイル決済が急速に普及した原動力となった。現金に関しては、偽造通貨問題や損傷現金問題、現金の携帯や保管を不便にしている額面に関する問題などを背景に、中国では現金を使うこと自体が極めて不便な状況であった。また、銀行に関しては、店舗やATMの数がそもそも少ないことに加え、窓口での対応や待ち時間の問題が深刻で、利用者が強烈な不満を抱いていた。このような現金や銀行を巡る社会問題の存在が、多くのユーザーがモバイル決済を強く支持した要因であった。

本稿では、金融の中でも決済に着目して考察を行ったが、「社会問題」の存在が、利用者がデジタル化を積極的に受け入れるモチベーションとなっている事例は、投資、融資、保険といった他の金融分野でも多くみられる。例えば、融資環境に関しては、既存の金融機関の「貸し渋り」を背景に、中小・零細企業は「融資難・融資貴(資金調達が困難で、コストが高い)」の状況に直面しており、苦しい資金繰りに陥った結果、高利の「民間借貸」(地下金融)に手を出してしまうという問題が多発していた。これがモチベーションとなり、デジタル金融プラットフォーマーによる金融包摂(Financial inclusion)が進んだ。

本稿で着目した需要面に加え、供給面(プラットフォーマー・ビジネス)および外部環境(政府の方針や政策)がうまくかみ合ったことで、「創造的破壊(Creative destruction)」を引き起こすデジタル・イノベーションが中国で次々と生まれたのである。

参考文献

西村友作(2019)『キャッシュレス国家――「中国新経済」の光と影』文春新書。

西村友作(2024)『中国デジタル金融イノベーション――国家と市場の狭間で』日本経済新聞出版社。

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