Commentary
改革が後退し、産業政策が前進した三中全会
2013年以前の状態に戻った国有企業改革
2024年7月15日から18日まで中国共産党の第20期中央委員会の第3回総会が開催された。5年を任期とする共産党中央委員会の三回目の総会は「三中全会」と呼ばれ、その時に経済改革に関する新たな方針が打ち出されることが多い。1978年12月の第11期中央委員会の三中全会は改革開放政策の起点とされているし、1984年10月の第12期中央委員会の三中全会では経済体制改革に関する決定が行われ、国有企業改革の起点となった。習近平が共産党総書記になった翌年の2013年11月に開催された第18期中央委員会の三中全会でも、国有企業改革に関していくつか画期的な方針が打ち出された。
このたびの第20期三中全会における決定の特徴を一言でいえば、第18期三中全会で打ち出された「画期的な方針」がすべて消えてしまい、国有企業改革が2013年以前の状態に戻ったということである。
「画期的な方針」とは何か
2013年の第18期三中全会で打ち出された「画期的な方針」とは何か?
第一に、「混合所有制経済」を積極的に発展させる、という方針である。混合所有制企業とは国有資本、集団資本、非公有資本が出資する企業を指すが、その核心は国有企業の資本の一部を民間資本に売却することである。よりあからさまにいえば、国有企業を部分的に民営化する方針を示したといえる。
実際、2015年には中央政府直属の国有企業である中信公司(CITIC)が日本の伊藤忠商事とタイのCPグループからそれぞれ資本金の約10%ずつ出資を受け入れるなど国有企業の部分的民営化が破竹の勢いで始まるかのように見えた。だが、2015年下半期に入ると国有企業の改革が急にスローダウンした。国有企業にもいろいろなタイプがあるから、民営化できるものとできないものを分けるべきだという議論が高まり、2015年末には国有企業を営利的分野と公益的分野に分けることになった(『21世紀経済報道』2015年12月30日)。営利的分野のうち競争的な分野の国有企業については国有企業の部分的民営化を進めてもよく、国家が民間に支配権を譲ってもいいとした。一方、国民経済の命脈に関わる分野、国家の重要な任務を担う企業については、民間資本が部分的に出資することは認めるが、国家資本が支配権を保つべきだとされた。一方、公益的分野については国家の単独出資を維持すべきだとした。
こうして混合所有制改革はその範囲と程度がだいぶ限定されてしまったものの、それでも国有企業改革の主要な方策だと位置づけられていた。ただ、中央政府に属する国有企業の本体が混合所有制企業に転換するケースは中信公司の次がなかなか続かず、2017年に、中国の三大通信キャリアの一つである中国聯通にアリババ、テンセント、百度(バイドゥ)、京東(JD.com)などが資本参加したケースがあるぐらいである。それでも2020年に「国有企業改革三年行動」が始まった時点では、混合所有制企業への転換は、国有企業改革の主要な内容として挙げられていた(『21世紀経済報道』2019年12月26日)。中央政府所属の国有企業を管轄する国務院国有資産監督管理委員会は混合所有制企業への改革を実施する対象の企業として160社をリストアップするなどそれなりにやる気を見せていた。
ところが3年が経過して、「国有企業改革三年行動」の結果を総括する段階になると、混合所有制企業への改革という課題はきれいさっぱり忘れられ、まるでそんな課題などなかったかのように、「目標と任務が達成された」と総括された(『経済参考報』2023年2月1日)。いったい何を「達成」したのか。より詳しい報道によれば、3万8000社の国有企業で取締役会を設置した、経営陣の任期制を実施した、大型国有企業どうしの合併を推進した(中化集団と中国化工、中国電科と中国普天、鞍山鋼鉄と本渓鋼鉄、山東能源と兖鉱集団など)、国有企業の主業ではない事業や優位性のない事業からの撤退を進めた、というのが3年間に達成された「成果」だという(『経済参考報』2023年2月10日)。なお、ここに挙げられた「成果」のうち、鞍山鋼鉄と本渓鋼鉄は実は2005年に一度合併して「鞍本集団」となったが、2011年に袂(たもと)を分かっている。つまり、一度無理やり結婚させたカップルが不仲のため離婚したのを再び無理やり結婚させたわけである。総じて、改革の「成果」なるものはどれも効果が疑わしい表面的な変化にすぎない。
2013年の三中全会における「画期的な方針」の第二は、国有資本運営会社を組織し、また、条件のある国有企業を国有資本投資会社に改組するというものである。後者で書かれていることを深読みすれば、例えば鞍山鋼鉄が鉄鋼業でいつまでも泣かず飛ばずなのであれば、鉄鋼業に関わる全資産を売却して現金に変え、将来性のある事業に投資する投資会社に転換してもよい、ということを意味する。
この面での変革は、実はこの10年余りの間にけっこう進展した。特に地方政府が傘下に投資会社を組織し、成長する見込みの高い産業に活発に投資をしている。投資先の企業は民営企業であるケースも多い。中国企業が近年液晶産業や電気自動車産業で大きな躍進を遂げた背景には、地方政府傘下の投資会社による資金面での後押しがある。成果が上がっているこのモデルを中央政府傘下の国有企業にも応用し、鉄鋼業のように国有企業がジリ貧の産業から退出する代わりに資産売却によって得た資金を元手に投資会社を作るというのはなかなか良いアイディアであると思う。タバコ産業の独占企業である中国煙草総公司が国家IC投資ファンドに巨額の出資をしているのも、儲かりはするが将来性はないタバコ産業から国家が資本を引き揚げ、将来性のある産業に投資する動きだと見られる。
2024年の三中全会の決定においても、「国有資本投資会社、運営会社の改革を深化する」と書いているので、これまでの方針を変えたわけではない。しかし、「条件のある国有企業を改組する」という一言が削除されている。つまり、国有企業の退出と投資会社の設立とをセットにするという2013年の決定の重要な側面が抜け落ちている。やはり改革は一歩後退したと言わざるを得ない。
2013年の三中全会における「画期的な方針」の第三は、「国有資本の収益を公共財政に上納する比率を2020年には30%にまで引き上げ、(国有企業の収益を)より多く(社会)保障と民生の改善に用いる」というものである。電気通信業、航空運輸業、石油・天然ガス、タバコなど収益性が高い産業において国有企業は独占的ないし支配的な位置を占め、莫大な利益を上げている。そうした独占的な利益を国有企業の間で浪費するのではなく、国家財政を通じて国民全体の福祉のために還元するべきである、というのは当然の要求であろう。
ところが、国有企業の利益の大部分は企業に内部留保され、配当として国有資本経営会計に上納された金もその半分ぐらいは経営状況の悪い国有企業の赤字の穴埋めのために使われてしまっている。結局、国有企業が上げた利益のうち国家財政の一般会計に繰り入れられている割合は筆者の計算では2020年に5.1%にとどまり、30%という目標にはまったく届いていない。しかし、2024年の三中全会の決定は目標を達成できなかったと反省するどころか、この目標自体をなかったことにしてしまっている。
そうなると、国有企業の膨大な利益は国有企業の支配力拡大のためにのみ用いられ、国民には還元しないということになりかねない。
以上のように、2024年の三中全会の決定においては、2013年の三中全会で打ち出された国有企業改革に関する三つの画期的方針がすべて消えた。いちおう中国共産党の名誉のために言っておけば、2013年の三中全会の決定に書かれていた市場経済化の原則は2024年の決定にも残っている。すなわち、第一に「資源配分において市場に決定的な役割を果たさせること」、第二に「決してブレることなく公有制経済を強固にし、発展させ、決してブレることなく非公有制経済の発展を奨励、支援、誘導すること」という2点の原則的な表現は、2013年の決定と寸分の変更もなく維持された。
第二の点については、これは形ばかりの両論併記であって、中国共産党の本音は国有企業を拡大して民営企業を抑えつけることだと見る向きも多い。実際、2020年秋から2022年までそのような方向に政策の針が大きく振れた。ただ、筆者はこの動きは改革派の政治指導者を追い落とすための政治闘争だったのではないかと思う。2022年秋の共産党大会で李克強と汪洋の早期引退という形で政治闘争の決着がつくや否や、政策の針は再び中間に戻り、民営企業の参入を促進する政策が強調されるようになった。このたびの三中全会の決定でも、国有企業と民営企業をともに盛り立てていくという方針が確認されたのだと思う。
産業政策の要素が多く盛り込まれた
2024年の三中全会の決定が、過去の三中全会と大きく異なる点は、その中に産業政策の要素が多く盛り込まれていることである。これまでは、どんな産業をどのように育成していくかという産業政策を考えることは政府(国務院)の役割とされていて、共産党が考えるのは体制をどうするのか、つまり国有企業改革とか農業の経営形態の改革とかであった。米中摩擦の起点となった2015年のハイテク産業育成政策「中国製造2025」も国務院が作成したものである。
ところが、このたびの三中全会の決定のなかには産業政策に関わる内容が多く含まれている。習近平指導部が最近思いついたきらびやかなキーワードがちりばめられているという印象である。しかし、決定文書全体のテーマは産業政策ではなくて、あくまで「改革」なので、これらのキーワード相互の関係は明確ではない。もし産業政策なのであれば、政府が掌握する有限な資源をどの分野に振り向けていくかという観点が不可欠であるが、三中全会の決定にはそのような観点はない。
そうしたキーワードの一つが「新しい質の生産力」というものである。その意味は、ハイテク産業の発展によって、新たな産業や新たなビジネスモデルが立ち上がり、破壊的イノベーションが起きる、ということのようである。たしかに、先進国においても、人工知能(AI)の発達によってホワイトカラーの仕事の多くが不要になるとか、自動運転が発達すれば運転手がいなくても済むとか、技術の進歩による雇用や産業の破壊が予見されている。ただ、政府としてそうした事態に対して何をなすべきかとなると、日本のような民主主義国では、労働者が新たな仕事に容易に転職できるようにリスキリングに国が援助しましょう、といった話になる。一方、中国共産党のこのたびの三中全会の決定で書かれているのは、国家が情報技術(IT)やAI、航空宇宙、新エネルギー、新材料、ハイエンド機械設備、バイオ・医薬、量子技術など、破壊的イノベーションをもたらしうる新興産業や「未来産業」(これも2024年1月に初めてお目見えをした新しい言葉だ)を発展させるための政策体系を整えるべきだということである。雇用破壊による失業問題の発生にはまったく意識が向いていない。
三中全会での決定では、このほかにもデジタル経済の発展促進や、データの流通の促進といった産業政策に関わる内容が盛り込まれている。また、「産業チェーン、サプライチェーンの強靭(きょうじん)性と安全性を高めるべきだ」として、特に集積回路(IC)、工作機械、医療設備、計器、基本ソフト、工業用ソフト、先進的材料の産業チェーンを全面的に強化すべきだとしている。ここでは、アメリカなどによってIC製造設備の供給が断たれて中国のIC産業の進歩が足踏みしていることを念頭に置き、そうした事態を避けられるように、各産業の上流まで中国の支配力が及ぶ形で整備したいという願望が示されている。
以上のように、2024年の三中全会の決定では国有企業改革に関する内容が2013年以前まで後退し、代わりに産業政策に関わる内容が多数盛り込まれた。ただ、注意したいのは、新興産業や未来産業を国有企業主導で発展させるとは書いていないことである。「国有資本」を公益部門などの他、「先駆的な戦略的新興産業」にも集中すると書いているが、それは例えばタバコ産業のように公益的でも戦略的でもない産業から国有資本を次第に引き上げて、国家IC産業ファンドのような会社に投資するという意味であって、国有企業がそうした産業の主たる担い手にならなければならないとは書いていない。ただ、いずれにせよ、このたびの決定は産業政策の綱領的な文書ではないので、産業政策が全体としてどうなるのかは、おそらく2026年に第15次5カ年計画になるまで明らかにはならないだろう。
「ほめ殺し」が狙いなのか!?
最後に一言。特に習近平が総書記に就任してから中国の共産党や政府が公布する文書のなかでの美辞麗句が以前よりも多くなった感がある。もともと中国共産党のさまざまな文書において美辞麗句はつきものではあったが、このたびの三中全会の決定の初めの方に書かれている次のような文章を読むと、白々しいにもほどがあると思ってしまう。「習近平同志を核心とする党中央は、偉大な歴史的主導性、巨大な政治的勇気、強烈な責任感をもって、思想や観念の束縛を打ち破り、凝り固まった既得権益の障害を打ち破り、深水域に突進し、敢えて硬い骨にかじりつき、危険な浅瀬を渡り、各方面の体制やメカニズムの問題を決然と打破し、改革を局部的な探索から、氷を割って囲いを取り払い、システムとしてまとめ上げ、全面的な深化へと転換させ・・・第18期三中全会で確定した改革の任務を全体として完成させた、云々。」
国有企業改革において実際に起きたことは、まさにここに書いてあることの逆であった。すなわち、改革は国有企業という膨大な既得権益集団の抵抗にあって暗礁に乗り上げ、指導部には抵抗を打ち払う政治的勇気もなく、社会主義において国有企業の民営化はタブーという思想的束縛を破ることができず、結局第18期三中全会で提起された画期的な三つの方針は達成には程遠いままうやむやにされた。もしかしたら、この決議文の文案を作った人物には現指導部を「ほめ殺し」にする狙いがあるのかもしれない。