トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

改革が後退し、産業政策が前進した三中全会
2013年以前の状態に戻った国有企業改革

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
印刷する
2024年7月15日から18日まで、中国共産党の第20期中央委員会の第3回総会(三中全会)が北京で開催された。写真は三中全会に関する記者会見の模様。2024年7月19日(共同通信社)
2024年7月15日から18日まで、中国共産党の第20期中央委員会の第3回総会(三中全会)が北京で開催された。写真は三中全会に関する記者会見の模様。2024年7月19日(共同通信社)

産業政策の要素が多く盛り込まれた

 2024年の三中全会の決定が、過去の三中全会と大きく異なる点は、その中に産業政策の要素が多く盛り込まれていることである。これまでは、どんな産業をどのように育成していくかという産業政策を考えることは政府(国務院)の役割とされていて、共産党が考えるのは体制をどうするのか、つまり国有企業改革とか農業の経営形態の改革とかであった。米中摩擦の起点となった2015年のハイテク産業育成政策「中国製造2025」も国務院が作成したものである。

 ところが、このたびの三中全会の決定のなかには産業政策に関わる内容が多く含まれている。習近平指導部が最近思いついたきらびやかなキーワードがちりばめられているという印象である。しかし、決定文書全体のテーマは産業政策ではなくて、あくまで「改革」なので、これらのキーワード相互の関係は明確ではない。もし産業政策なのであれば、政府が掌握する有限な資源をどの分野に振り向けていくかという観点が不可欠であるが、三中全会の決定にはそのような観点はない。

 そうしたキーワードの一つが「新しい質の生産力」というものである。その意味は、ハイテク産業の発展によって、新たな産業や新たなビジネスモデルが立ち上がり、破壊的イノベーションが起きる、ということのようである。たしかに、先進国においても、人工知能(AI)の発達によってホワイトカラーの仕事の多くが不要になるとか、自動運転が発達すれば運転手がいなくても済むとか、技術の進歩による雇用や産業の破壊が予見されている。ただ、政府としてそうした事態に対して何をなすべきかとなると、日本のような民主主義国では、労働者が新たな仕事に容易に転職できるようにリスキリングに国が援助しましょう、といった話になる。一方、中国共産党のこのたびの三中全会の決定で書かれているのは、国家が情報技術(IT)やAI、航空宇宙、新エネルギー、新材料、ハイエンド機械設備、バイオ・医薬、量子技術など、破壊的イノベーションをもたらしうる新興産業や「未来産業」(これも2024年1月に初めてお目見えをした新しい言葉だ)を発展させるための政策体系を整えるべきだということである。雇用破壊による失業問題の発生にはまったく意識が向いていない。

 三中全会での決定では、このほかにもデジタル経済の発展促進や、データの流通の促進といった産業政策に関わる内容が盛り込まれている。また、「産業チェーン、サプライチェーンの強靭(きょうじん)性と安全性を高めるべきだ」として、特に集積回路(IC)、工作機械、医療設備、計器、基本ソフト、工業用ソフト、先進的材料の産業チェーンを全面的に強化すべきだとしている。ここでは、アメリカなどによってIC製造設備の供給が断たれて中国のIC産業の進歩が足踏みしていることを念頭に置き、そうした事態を避けられるように、各産業の上流まで中国の支配力が及ぶ形で整備したいという願望が示されている。

1 2 3 4 5

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.