Commentary
夜の空に映し出される経済活動の内実
夜間光データを用いた中国経済研究の新視点
私が夜間光データ(Nighttime Lights Date)の存在を初めて知ったのは、2020年に大学院の博士前期課程の授業に参加した時である。同志社大学大学院博士後期課程に進学してからは、夜間光データを中国経済の研究に用い始めた。この間、いくつかの研究成果を学会での報告にまとめ、学会誌に投稿している。本稿では、それらを踏まえ、①夜間光データの種類と特徴、②中国経済研究への利用可能性、③夜間光データを用いた代表的な経済研究の紹介の3点に絞って夜間光データと中国経済研究の関係を述べたい。
夜間光データ――その種類と特徴
近年、社会科学分野において、地球の表面の微細な変化を測定するリモートセンシングデータの利用が急速に普及している。経済学の分野においても、人工衛星データである夜間光データの利用が広がっている。その背景として、空間計量経済学や空間経済学の発展によって、空間が経済活動にどんな影響を与えているのかという、従来の経済学の問題点を把握できるようになったことが挙げられる。人工衛星に搭載された観測機器(センサー)の技術が向上し、より高い解像度(空間分解能)を持つ観測が可能になり、夜間の地球表面の光を高精度で観測することができる。また、データ解析技術の進展により、地理情報システム(GIS:Geographic Information System)データが整備、公表され、経済活動の評価に活用できるようになったことも重要な要因である。
中国の夜間光データの主な種類は、表1のように分類されている。吉林1号、珞珈(かっか)1号、啓明星1号は中国が打ち上げた人工衛星であり、特に、珞珈1号と啓明星1号は、武漢大学が設計・開発に加わったものであった。しかし、これらの夜間光データをダウンロードするためのユーザー登録には、中国国内の電話番号が必要となり、中国国外からのアクセスが困難である。
表1 中国の夜間光データの主な種類と特徴
一方、時系列の分析においてよく利用されるのは、DMSP/OLSとNPP/VIIRSの2種類のデータである。DMSP/OLSデータは、アメリカ空軍が防衛気象衛星計画(DMSP:Defense Meteorological Satellite Program)の一環で収集したものである。アメリカ海洋大気庁(NOAA:National Oceanic and Atmospheric Administration)により、1992年から2013年までの夜間光データが公開されている。このDMSP/OLSデータは、日次データ、月次データ、年次データの3種類に分類されている。日次データと月次データは有料であるが、年次データはコロラド鉱山大学にあるペイン公共政策研究所のホームページから無料でダウンロードできる。
この年次データは、1992年から2013年までの6つの異なるDMSP衛星によって収集されたものである。具体的には、1992年から1994年までF10衛星、1994年から1999年までF12衛星、1997年から2003年までF14衛星、2000年から2007年までF15衛星、2004年から2009年までF16衛星、2010年から2013年までF18衛星から構成される。観測範囲は北緯75度から南緯65度であり、夜間光の強度(DN値)が0から63までの64段階(光が無い状態=0、光が最も強い状態=63)に分けられている。
他方、NPP/VIIRSデータは、2011年に打ち上げられたSuomi NPP(Suomi National Polar-orbiting Partnership)衛星に搭載されたセンサーによるものである。DMSPと比べて、センサーの性能が大幅に向上しており、DMSPの課題であった光の飽和状態を改善し、より正確に夜間光が検出できる。そして、NPP/VIIRSデータは2012年以降の利用が可能であるが、データの提供元であるNOAAは2019年10月からデータの提供を中止したため、コロラド鉱山大学にあるペイン公共政策研究所がデータの提供を引継ぎ、ホームページに年次データが公開されている。
図1は2022年の中国の夜間光データである。同図から確認できるように、東部地域の夜間光の強度が高い。同地域の経済発展は比較的高い水準に達していることが見て取れる。対照的に、砂漠や土漠が多くの面積を占める西部地域の夜間光の強度は低く、経済の発展水準が低いことが一目瞭然である。
図1 2022年の中国の夜間光データ
中国の国内総生産(GDP)、域内総生産(GRP)統計と夜間光データ
中国政府の公表するGDP、GRPの信憑(しんぴょう)性には、下記の問題が付きまとうといわれる。
第1に、中国のGDP、GRPは経済活動の全体像を反映しにくい側面がある。通常、GDP、GRPは一定期間における、ある国や地域で形成された財やサービスの付加価値を測定するものである。それを正確に把握するためには、すべての経済活動を反映する統計システムが必要となる。ところが、中国では、インフォーマル・エコノミー(非公式経済)の多くが公式統計から漏れている。一部の発展途上地域では統計機関の機能が脆弱(ぜいじゃく)で、作成されたデータの質も低い。そのため、地域経済の実態が正確に反映されないのである。
第2に、統計データの作成過程で人為的な操作が行われる場合もある。地方政府の行政能力が当地域の経済発展と連動して評価される制度がある中、役人が出世のため、統計データを恣意(しい)的に操作するケース(非合法だが)も稀(まれ)ではない。例えば、政府網(2017)では、遼寧省、内モンゴル自治区、吉林省などの地方政府がGRPなどの統計データを水増しして開示したことから、公式統計データには一定の割合で人為的に操作されていることが明らかである。統計部門の独立性が十分担保されない場合、役人によるデータの操作も根絶しにくい。結果、統計データの信憑性が失われる。
第3に、公式統計の収集方法が地域によって異なり、時系列に比較できないものも存在する(呉、2016)。また、実質経済成長率を割り出すためには物価指数が欠かせないが、多くの産業のデータが不完全であり、細かな物価指数が算出できない。
公式統計に存在する多くの問題を解消すべく、夜間光データはそれを補完するものとして利用されるようになった。GDP、GRP統計と比較して、夜間光データは以下の点で優れている。
1つ目に、夜間光データは人工衛星に搭載されたセンサーで得られたものであり、人為的操作を受けず、経済活動をより客観的に反映することができる。また、長期間に亘(わた)ってデータを継続的に収集できるため、限界費用も低い(Donaldson and Storeygard, 2016)。2つ目に、夜間光データは、公式統計で正確に記録されないインフォーマル・エコノミーを捉えられ、経済活動の全体像をより正確的に把握することができる(Sutton and Costanza, 2002)。3つ目に、夜間光データは物価水準に左右されず、異なる地域の経済活動を長期間に亘って分析できる。夜間光データは制度や人手への依存度が低く、より客観的なものといえる。
他方、夜間光データには次の問題が存在する。DMSP/OLSとNPP/VIIRSのデータの空間分解能や光の強度が異なっているため、それらを比較することができない。2種類のデータをカーブフィッティング(統合)することが必要不可欠である(董ほか、2020)。また、雲による光の遮断や減衰、一時的な光である火災の光や、季節によって変化する月と太陽の高さによる光の影響などを除去しないと利用できない、という難点も指摘される。また、NPP/VIIRSのデータは、迷光(stray light)、雷(lightning)、月の光の影響(lunar illumination)、雲による光の遮断や減衰が補正されたものの、地球表面の光源の中で最も明るい油田などのガスフレア(gas flares)が除去されていない。このデータを利用する際には、ガスフレアを取り除く必要がある(Elvidge et al., 2017)。
データの前処理におけるノイズ除去の手法については、Shi et al.(2014)の研究が参考になる。Shi et al.(2014)は火災、火山、石油またはガス井のガスフレアなどのノイズを取り除いただけではなく、乾燥した河川敷、湖、砂漠の反射光を検出し、除去する方法を紹介している。
夜間光データによる経済活動の測定
続いて、夜間光データを用いて経済活動の分析を行った代表的な先行研究を紹介し、このデータの利用可能性を示したい。
Elvidge et al.(2007;2009)は、夜間光データのDN値がGDP統計と高い相関があることを示した。より正確に実際の経済成長を測定するために、GDP統計の補完方法として、夜間光データが有用である(Chen and Nordhaus, 2011;Henderson et al., 2012)。Elvidge et al.(2007)が指摘するように、夜間光データのDN値とGDPデータの間には高い相関関係が見られ、実際の経済成長を測定することができるという。
Chen et al.(2011)やHenderson et al.(2012)は、夜間光データを初めて経済学の研究に適用して以来、夜間光データが経済学分野で活用されるようになった。特に、アフリカなどの発展途上国や地域を研究対象としたものが数多く存在する。例えばMichalopoulos and Papaioannou(2014)は、アフリカの国々や国内の地域における経済の発展水準を測定する際、夜間光データを用いた。周知の通り、アフリカでは国境線が人為的に引かれ、同じ部族や民族が異なる国家に分割されている状態が現在も続いている。この事実に基づき、異なる国で生活する同じ民族の居住区の夜間光データのDN値を比較したところ、国境のどちらの側でも経済発展水準に有意な差が検出されない事実が明らかになった。このことから、国の政治体制が必ずしも経済発展に有意な影響を与えなかったと示唆される。
Hodler and Raschky (2014)は、夜間光データを用いて、1992-2009年における世界126カ国のパネルデータを構築し、国の指導者の地元への利益誘導が経済発展に与える影響を計量的に分析した。その結果、地元の夜間光の明るさが指導者の在任中に増し、退任後に減ること、また、その現象が教育水準の低い国や地域ほど顕著であることも明らかとなった。
夜間光データによる研究は中国でも見られる。近年、中国の経済学界では、夜間光データによる公式統計データの補完あるいは代替指標として使用する文献が蓄積されている。例えば、徐(2015) は夜間光データを用いて中国の実質経済成長率を測定した最初の成果である。1992-2012年における省級パネルデータを用いた計量分析により、夜間光データのDN値とGRPの間に有意な正の相関関係があることが指摘された。夜間光データはGRPの代理指標として使用できるというのである。また、同期間における国全体と各省の実質経済成長率の平均値が公式統計と一致せず、国全体では1%ポイント低く、東部、中部、西部の3大地帯ではそれぞれ1.5-1.8%ポイント程度低いことも判明した。
夜間光データを地域経済の水準を表す代理指標として用いる研究が数多く存在し、これまで懸念された中国の地級市や県級の統計データの欠損値や信憑性の問題は夜間光データの活用により、ある程度補完できる、と思われる。今後は空間経済学、GISなどの考えや方法を援用し、公式統計と共に夜間光データを中国経済の実証研究に活かしていきたい。
参考文献
董鶴松・李仁杰・李建明・李帥(2020)「基于DMSP-OLS与NPP-VIIRS整合数据的中国三大城市群城市空間拡展時空格局」『地球信息科学』第5期。
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政府網(2017)「対経済数据造假“零容忍”」(https://www.gov.cn/xinwen/2017-06/16/content_5202877.htm、2024年6月17日閲覧)による。
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