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Commentary

地方の苦境が招く中国「債務膨張」に漂う暗雲
政府債務残高の対GDP比は2028年に142.6%増の予想

藤井大輔
大阪経済大学経済学部講師
経済
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地方政府の債務問題が各所で懸念されている。一部の地方では、財政資金不足によりインフラ建設や公共交通サービスが停止される事例も出てきた(写真:共同通信IMAGE LINK)
IMFは地方政府融資平台(LGFV)などを含む広義の中国政府債務残高の対GDP比は2023年時点で116.2%、2028年になると142.6%まで増加すると予想している(写真:共同通信IMAGE LINK)

 2023年12月11日から12日にかけて、中国・北京で翌年の経済運営方針を決定する中央経済工作会議が開催された。景気の悪化が懸念される中、インフラ建設などの資金調達のための地方専項債券の発行など、地方政府による財政出動を積極的に行う方針が示された。中国では、中央と地方を合計した国家財政支出に占める地方のシェアが大きく、9割弱に達する。金額の大きい教育、社会保障就業、衛生健康といった項目は、ほぼ100パーセントに近いシェアで地方政府による支出が占めている。したがって、財政出動における地方政府の役割は大きい。

 その一方で、地方政府の債務問題が各所で懸念されている。例えば、IMF(国際通貨基金)は地方政府融資平台(LGFV、詳細は後述)などを含む広義の政府債務残高の対GDP比は2023年時点で116.2パーセント、2028年になると142.6パーセントまで増加すると予想している。このうち、多くを占めるのが地方政府とLGFVによる債務で、2023年の広義の政府債務残高の約7割を占める(IMF 2023)。また、一部の地方では、すでに財政資金不足によりインフラ建設や公共交通サービスが停止される事例も散見されるようになってきている。

地方財政が苦境に陥っているのはなぜか

 このような地方財政が苦境に陥っている原因には、中央・地方政府間の財政構造に加え、積極的な財政支出をもたらす地方政府官僚のインセンティブ構造が挙げられる。

 まず、中国の中央・地方間の財政構造について簡単に整理しておきたい。1994年の分税制の実施により、中央と地方間の財政権限の調整が行われた。これ以降、地方政府が担うべき支出項目が増加した。一方で、分税制の実施以降、地方政府の税収の取り分は減少した。また、地方政府には税目や税率を設定する権限もほとんど与えられていない。その結果、日本の一般会計にあたる一般公共予算では、地方政府の支出は国家財政の約9割を占めるのに対し、地方政府の収入は国家財政の約5割しかない。

 地方政府の収支のギャップは、おもに中央から地方への財政移転で埋められている。さらに予算法が改正された2015年以降、地方政府が発行することが可能となった地方債も地方財政の収支差の穴埋めに用いられている。ただし、地方債による収入は債務であり、利子をつけて償還しなければならないので、長期的には穴埋めの効果はない。以上のように、分税制実施以降、地方政府単体では構造的に財政赤字になるようになっている。

 他方、地方政府には財政支出を増やすモチベーションがある。中国の官僚システムは、管轄地域で良いパフォーマンスを残した官僚が、より上級の地方政府へ、そして中央政府へと昇進していく。昇進する官僚は、同様の行政レベルの複数の候補者から選ばれるが、その選考基準には、経済成長率や財政収入成長率などの経済発展に関する指標が含まれているといわれている。ただし、上級政府の数は、下級政府の数より少ないので、昇進をめぐって地方政府間の経済発展をめぐる競争が生じるのである。そして、地方官僚は、この地方政府間の競争に勝ち抜くために、積極的に財政支出による公共投資を行う。周黎安は、このようなインセンティブ構造を昇進トーナメントモデルと呼んでいる(周2007)。

 当然ながら、地方政府間競争に勝ち抜くための公共投資を行うためには財源が必要である。しかし、前述のとおり、地方本体の財政は構造的な赤字状態にある。そこで、地方政府は、税収以外の手段を駆使して資金調達を行っている。その代表的なものが現在、問題となっているLGFVである。

 LGFVは地方政府本体の正規の予算ではないが、地方政府が公共投資を行うために利用しているスキームである。2014年までの旧予算法の下では、地方政府は原則、地方債を発行することができなかった。そこで、地方政府は出資と債務保証を行い、公共投資を行うための主体としてLGFV企業を設立した。LGFV企業は、地方政府本体ではなく、地方政府所有の国有企業という扱いになるので、政府本体に対して適用される予算法の対象外となる。LGFV企業は、地方政府に代わって、城投債と呼ばれる債券を発行したり金融機関などから融資を受けたりして資金調達を行い、公共投資を行ってきた。

 リーマンショック直後こそは、中央政府からLGFVに対して景気対策の手段としてポジティブな評価が与えられていたが、2010年代に入ったあたりからLGFV企業による責任関係があいまいな債務に懸念がもたれるようになった。以降、国務院、審計署、旧中国銀行業監督管理委員会など中央政府の各部門がたびたびLGFVの整理を求める通知や意見などを出すようになった。2015年の予算法改正による地方債の解禁も曖昧なLGFVからの透明化の狙いがあった。しかし、自身の昇進のために積極的な財政支出を行う地方官僚のインセンティブ構造を変えることなく、LGFVを含めた地方政府の債務リスクを解消することは可能だろうか。

LGFV債務の整理が進んでいない

 LGFV債務の整理に関して、2015年から2018年まではLGFVによる債務を置き換えるための地方債が発行された。また、2020年からもLGFV債務を置き換えるための特別再融資債券と呼ばれる同様の地方債が発行されている。LGFV企業よりも地方政府のほうが信用力は高いので一般的には地方債の利率は城投債の利率よりも低い。しかし、本稿を執筆している2024年2月現在まで城投債によるLGFV企業の資金調達も継続しており、債務は整理されるどころか、かえって増加している。

 Bloombergによると、月次ベースで最も城投債の起債が多かったのは2023年2月の8000億元であった。2023年8月にも過去3番目の額となる6200億元が起債された(Bloomberg 2023年9月20日)。21世紀経済報道によると、2023年9月以降は、月次での城投資の起債は減少している(21世紀経済報道 2023年12月20日)とのことだ。しかし、前出のBloombergに掲載されている月次データによると、これまでにも年末に向けての数カ月で起債額が連続して減少したのちに翌年3月あたりに増加に転じるということがたびたびあった。したがって、このまま城投債の起債が減少していくか現時点で判断するのは時期尚早かもしれない。

 また、LGFV企業が規制の裏をかくような姿勢もみられる。その1つの例として、外貨建てのオフショア城投債が挙げられる。国家発展改革委員会は2023年2月に365日以上の中長期のオフショア債の起債には当局の承認を得なければならないという規制を課した。すると、規制の対象外となる364日物のオフショア城投債の起債が相次ぐようになった。結局、2024年に入ってから364日より短いオフショア城投債にも規制が入った(Reuters 2004年1月8日)。このようにLGFV企業は規制をかいくぐって、何とかして資金調達をしようとしている。広義の地方債務を整理するためには、まずはしっかりとLGFVによる債務の整理を行うべきである。

 中央経済工作会議後の談話では、地方債の一種である専項債券の範囲を拡大することが言及された。専項債券収入は、LGFV債務とは異なり、政府本体の政府性基金の予算項目に算入される。さらに、債券の案件ごとの詳細も公表されており、透明性も高い(地方債の案件データについては前回記事参照のこと)。範囲の拡大という文言には、これまでのような道路や工業団地のようなインフラ建設以外にも広げるべきであるという意味も込められているかもしれない。中国ではすでに多くのインフラが整っており、さらに追加的にインフラへの投資を行ったとしても、これまでのようなリターンは見込めないであろう。

 同じく、中央経済工作会議後の談話の地方財政に関する内容として「三保」についての言及があった。この「三保」とは、基層の賃金、民生、地方経済運営の3つのボトムラインを堅持することを指す。予算項目でいうと、政府性基金ではなく、どちらかといえば収益とは関係のない一般公共予算に関する項目である。冒頭でも述べたようにこれらの項目は大半が地方政府によって賄われている。長年いわれている投資から消費へという観点からいえば、この「三保」関連も重要であろう。

 ただし、「三保」が主に関連する一般公共予算については、減税・手数料削減、支出や中央からの移転を厳格にコントロールするといった地方政府にとっては厳しい文言が並ぶばかりである。ただでさえ、構造的な収支のアンバランスに苦しむ地方政府にとって、「三保」の堅持は可能なのか疑問である。

中央政府がもう少し積極的な役割を果たすべきだ

 以上で述べたように、地方政府は良くも悪くも財政政策の重要なアクターなのであるが、財政出動と財政の持続可能性の両立という観点から中央政府がもう少し積極的な役割を果たすべきなのではないか。2023年の中央政府の債務残高の対GDP比率は25.8パーセントで、これは地方政府本体、LGFVそれぞれの債務残高の対GDP比率よりも低い(IMF 2023)。財政の持続性という観点からいえば、中央政府のほうが地方政府よりもまだ余裕があるのである。

 2023年に中国は1兆元の特別国債を発行し、その収入をすべて台風や洪水被害にあった華北地域の地方政府へ移転し、地方政府が復旧や防災のために支出するということを行った。この債務はすべて中央政府に計上された。このような方法は、景気対策としての財政支出と地方政府の財政リスクの削減の両立という点で好ましい。さらに、国債の利率のほうが地方債の利率よりも低いことを考慮すると合理的でもある。地方政府の赤字を中央政府が補填してくれるだろうという想定で地方政府が財政支出を増やしがちになるソフトな予算制約の問題には注意を払う必要があるが、現状の中央・地方間財政構造を考慮すると中央政府が地方政府に対してより多くの財政移転を行う必要があるだろう。

参考文献:

IMF (2023)“People’s Republic of China,Staff Report for the 2023 Article IV Consultation”,International Monetary Fund.

周黎安(2007)「中国地方官員的晋昇錦標賽模式研究」『経済研究』2007年第7期、pp.36-50

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