Commentary
スタバを迎え撃つ中華系カフェチェーンの挑戦
コーヒー文化が中国に根づき、上海は店舗数急増
5年ぶりに訪れた上海ではカフェがすごいことになっていた。5年前に行ったときにもスターバックスはすでに進出していたが、この5年の間に中国の地場企業が始めたカフェチェーンがものすごく増えた。街を歩く人を見ても、コーヒーの入った紙カップを持ち歩いている人が多い。
ひと昔前の中国を知っている身からすると、まさに隔世の感がある。1990年代の北京にはそもそもコーヒーを飲める店がほとんどなかった。コーヒーが飲みたければ外資系ホテルのラウンジで高いコーヒーを飲むか、あるいはネスカフェを買ってきて自分で淹(い)れるしかなかった。
ただ、なぜかネスカフェの空きびんを多くの中国人が持っていた。それを持ち歩いてお茶を飲むマグカップとして使うのだ。朝たっぷりの茶葉をその中に入れてお湯を注ぎ、それにお湯をつぎ足しながら一日じゅうすする。当時、コーヒーが好きな中国人は少なかったので、彼らは空きびんを手に入れるためにわざわざネスカフェを買ってインスタントコーヒーを我慢して飲んだのかもしれない。
北京では中国茶が飲める喫茶店もきわめて少なかった。中国人にとってお茶はオフィスや会議室や家で飲むものであって、わざわざそのためにお金を払うようなものではなかったのである。
中国でカフェ文化を育てた米スターバックス
日本にはもともと喫茶店がたくさんあったし、1980年にドトールコーヒーの第1号店が開業して以来、日本発のカフェチェーンもいくつか存在した。アメリカ・シアトルで産声を上げたスターバックスコーヒーはアメリカとカナダで店舗を展開した後、北米以外の最初の出店先として日本を選んだが、日本であれば確実にお客を集められるとの目算があっただろう。スターバックスの日本での第1号店は1996年に東京・銀座に開業し、2002年3月末には345店舗にまで拡張した。
一方、スターバックスが中国・上海に第1号店を出店したのは1999年であったが、もともと喫茶店でコーヒーを飲む文化がなかった中国では、スターバックスが浸透するのにはけっこう時間がかかった。スターバックスは中国ではまず外国生活経験がある富裕な中国人や外国人旅行者を主なターゲットにしたのだと思う。出店先は富裕層や外国人が多く往来する大都市の繁華街に限られていた。顧客として富裕層と外国人を想定していたことは価格にも表れていて、どの商品も日本の1.5~2倍ぐらいの価格設定で、スターバックスで普通のコーヒーを買うのに必要な額がラーメンより高かった。
それでもスターバックスが長年営業を続けたかいあって、中国でもコーヒーを飲む人たちが徐々に増え、図1にみるように店舗数がしだいに増えていった。とくに、2017年から2018年の1年間に店舗数が一気に拡大して3521店舗になってから、ものすごい勢いで店舗数が伸びている。2023年9月末にはスターバックスの中国での店舗数は6806店舗に達し、スターバックスにとって中国がアメリカに次いで世界で2番目に大きな市場となった。アメリカがスターバックスの世界での純収入の73.4パーセントを占め、中国は8.6パーセントでそれに次いでいる。
ちなみに、スターバックスは日本でも店舗数の増加が続いていて、2023年9月末は1885店舗で、ドトールコーヒーの1276店舗にだいぶ差をつけている(『東洋経済オンライン』2023年12月5日)。だが、図1にみるように、中国の店舗数の伸びのほうがはるかに急ピッチである。
スターバックスが2017年から2018年にかけて急激に店舗数を増やしたのはなぜだろうか。もちろん中国でカフェ文化が浸透してきたことが背景にあるだろうが、もう1つのきっかけとして、2017年に中国で有力なライバルが出現したことが挙げられる。それは瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)という中華系のカフェチェーンである。
ラッキンは2017年に創業すると、半年後に400店舗、1年後には2000店舗と猛烈な勢いで店舗数を増やした。2019年末には店舗数を4500店舗まで増やし、スターバックスを超えた。ラッキンは2019年5月にはアメリカのナスダックに株式を上場し、市場で資金を調達して快進撃をさらに続けるものだと思われた。
ところが、2020年に入ると突然事態が暗転した。アメリカの投資会社がラッキンの売り上げ状況について調査した結果、売上額が大幅に水増しされていることを発見したのだ。ラッキンは同年4月になって指摘を認め、2019年4~12月に22億元(330億円)の水増しがあったと発表した(『日本経済新聞』2020年4月4日、7月19日)。水増しした額はその時期の売上額の76パーセントにも及んだというからすさまじい粉飾である(『21世紀経済報道』2020年4月13日)。
ラッキンコーヒーの成功と失敗
ラッキンの経営陣は、投資家たちの目をごまかしてでもとにかく資金を集めて投資さえすれば、カフェチェーンがきっと成功すると確信していたのだろう。スターバックスの長年の努力によりカフェ文化が中国に根づき始めていたし、ラッキンはいくつかのビジネス上の革新を導入していた。
まず、ラッキンのお店にはレジがなく、購入も支払いもすべてスマホのアプリ上で完結する仕組みになっている。アプリの中で自分が商品を受け取りたい店を指定すると番号が与えられ、窓口でその番号を伝えればコーヒーを受け取れる。また、ラッキンの店舗にはスターバックスのように店の中でゆったりコーヒーが飲めるスペースがあるもののほか、厨房と受け渡し窓口だけがあるテイクアウト専門の店もある。後者の場合は専有面積が小さいので、家賃コストが少なくて済むし、物件を見つけやすい。さらに、機器のメンテナンスや材料の在庫管理にセンサーが使われていて、店長の業務負担が小さいため、店長を育成する期間が短くて済むのだそうだ。
しかし、売上額粉飾の代価はきわめて大きかった。ラッキンは2020年6月にナスダック上場廃止となっただけでなく、中国の国家市場監管総局には6100万元の罰金、アメリカSEC(証券取引委員会)には1億8000万ドルの罰金を支払い、さらに株主代表訴訟も起こされて1億8750万ドルの賠償金を支払うことで和解した。
2022年秋には債務の整理や株主との和解もおおむねカタがつき、ラッキンは新たな経営陣のもとで再び店舗数の拡大に乗り出した。2023年1月から9月の9カ月間で5000店舗以上も増やす猛烈な拡大ぶりである(図2)。
売上額でも2023年第2四半期に8億5520万ドルを記録し、初めてスターバックスの中国での売上額(同期に8億2190万ドル)を上回った。もっとも、ラッキンの売上額粉飾の前科を考えると、このデータをはたして額面どおり受け取っていいのか迷うところであるが。
コーヒーの値段は「スタバ>ラッキン」
ラッキンの店舗の立地や商品の価格帯をみると、スターバックスと対抗するよりもむしろすみ分けを目指しているように思われる。
両者の間ではまず商品の価格帯が大きく異なる。中国のスターバックスでは、一番安いアメリカーノのレギュラーサイズが27元(1元=20円で換算すると540円)と、日本よりも高い価格設定になっている。最近売り出し中のフラットホワイトは「馥丙白」となかなか優雅な中国名がつけられているが、お値段もレギュラーサイズで35元(700円)と優雅である。
一方、ラッキンではラテが15元(300円)とだいぶ安いうえに期間限定のキャンペーンがあったりもする。客単価でいうとスターバックスが38.57元であるのに対してラッキンは17.6元、後述するコッティコーヒーは11.45元と、大きく異なる(『21世紀経済報道』2023年9月25日)。スターバックスのお客さんは店内で優雅に過ごすことを目的に来るのに対して、ラッキンは店内で飲む人とテイクアウトする客が半々ぐらいのようである。上の図2にみるようにラッキンの場合には「パートナーシップ店」が多いが、この中には例えばコンビニの店舗の一角にラッキンのコーナーを設けて、もっぱらテイクアウト客向けにコーヒーを販売するところも含まれる。
ラッキンは新メニューの開発も進めており、とりわけ2023年9月に発売された「醤香ラテ」は大きな話題を呼んだ。これは中国で最高級酒とされる茅台酒(マオタイ酒)のメーカーと共同開発したもので、カフェラテのミルクの中にマオタイ酒を混ぜ込んでいる(『21世紀経済報道』2023年9月5日)。本来の価格は35元(700円)だが、私が2023年11月に上海で買ったときの値段はキャンペーン中ということで18元(360円)だった。
マオタイ酒は中国の蒸留酒の中でも匂いが強烈な「醤香型」に属するので、まさかコーヒーと合うまいと思ったが、飲んでみると意外にかぐわしかった。ただ、飲み終わる頃になると酒の匂いがだんだん強くなってきて、酔ってしまうのではないかと心配になるほどだった。
醤香ラテ、糟香珈琲、黒暗時刻、覚醒年代
「醤香ラテ」がはたしてラッキンコーヒーの売り上げにどれだけ貢献したのかは疑問ではあるものの、大きな話題となり、あとに続こうとする企業も出てきた。上海の街を歩いていたら「J9コーヒー」というお店で「糟香珈琲」を売り出していた。「糟」というのは酒粕のことなので、甘酒の香りがするのかもしれない。
さらに、中国共産党の第1回大会(1921年)が開かれた場所を訪れたら、その会場となった古い建物の正面に「一珈琲」というカフェがあった。この店は第1回大会記念館のノベルティグッズを販売している会社が運営している。店の前には「上海で最も赤いコーヒーを飲んでらっしゃい(来一杯沪上最”紅”咖啡)」と書いてある。解説しても面白くないのでやめておくが、オヤジギャグの連発である。お値段を見ると、ブラックコーヒーとココアを混ぜた「黒暗時刻」が18.40元、つまりアヘン戦争開戦の年、ブラックコーヒー「覚醒年代」が19.21元、つまり中国共産党の創立年、と由緒ある値段設定になっている。
こうしてラッキンコーヒーの挑戦に刺激されて、多数の中華系カフェが立ち上がっているが、その中でラッキンにとって最も手ごわい競争相手が庫迪珈琲(コッティコーヒー)である。というのも、コッティの経営陣は実はラッキンコーヒーを創業した元会長と元CEOで、彼らはラッキンの裏の裏まで知り尽くしているからである。
元会長と元CEOは2020年の売上額粉飾の発覚で解任され、捲土重来を目指してコッティを創業した。そのため、コッティのビジネスモデルはラッキンとそっくりで、ラッキンと同じようなメニューをより低価格で提供することでラッキンから客を奪う狙いである。コッティは2023年5月に主要な商品を9.9元(200円)で提供するキャンペーンを開始し、8月にラッキンが9.9元に値下げして対抗すると、さらに8.8元(180円)に値下げした。
東京にも進出したコッティコーヒー
コッティは2022年10月に第1号店を出したばかりだが、2023年8月には5000店舗を超え、10月下旬には6000店舗を超えるなど、ラッキンをさらに上回るペースで拡大している(『21世紀経済報道』2023年9月19日、同10月27日)。東京の本郷三丁目交差点のほど近くにも2023年秋にコッティの店舗が開業した。訪れてみると、店内には椅子が2つしかなく、ほぼテイクアウト専門である。
その店で一番のおすすめだという「ココナッツラテ」を買って飲んでみた。キャンペーン期間だったため本来は570円のところが330円だった。ココナッツとコーヒーが合うのだろうかといぶかしく思いながら飲んでみると、ココナッツの風味もするし、コーヒーの味もしっかりあって意外においしい。ただ、半分まで飲んだところで違和感を覚えて蓋を開けてみると泡立っていないことに気づいた。カフェラテというとミルクが泡立っているものというイメージだったので、泡立っていないのはかなり物足りない。
2022年以来、中国経済の低迷が続く中で、カフェチェーンだけは例外的にすごく成長している。中華系カフェチェーンは本稿で取り上げたラッキンとコッティにとどまらず、より小規模のチェーンがまだまだいっぱいあるようだ。それらが全体として中国にカフェ文化を確実に根づかせている。
ただ、ラッキンとコッティの間の泥仕合にはかなり危ういものを感じる。コッティはラッキンと同じ佳禾食品というサプライヤーからコーヒー豆を調達しており、両者は顧客を奪い合い、出店を競い合うだけでなく、材料調達でも競合している(『21世紀経済報道』2023年9月19日)。商品の販売では値下げ競争をし、材料を奪い合ってコストが高くなってしまうと、近いうちにどちらかが赤字に耐えられなくなって潰れてしまうのではないだろうか。