トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

スタバを迎え撃つ中華系カフェチェーンの挑戦
コーヒー文化が中国に根づき、上海は店舗数急増

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
印刷する
上海の瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)。2017年に創業し、猛烈な勢いで店舗数を拡大している。2023年度第2四半期における中国内売上額ではスターバックスを上回った。(写真=2023年11月、筆者撮影)
上海の瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)。2017年に創業し、猛烈な勢いで店舗数を拡大している。2023年第2四半期における中国内売上額ではスターバックスを上回った(写真=2023年11月、筆者撮影)

 スターバックスが2017年から2018年にかけて急激に店舗数を増やしたのはなぜだろうか。もちろん中国でカフェ文化が浸透してきたことが背景にあるだろうが、もう1つのきっかけとして、2017年に中国で有力なライバルが出現したことが挙げられる。それは瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)という中華系のカフェチェーンである。

 ラッキンは2017年に創業すると、半年後に400店舗、1年後には2000店舗と猛烈な勢いで店舗数を増やした。2019年末には店舗数を4500店舗まで増やし、スターバックスを超えた。ラッキンは2019年5月にはアメリカのナスダックに株式を上場し、市場で資金を調達して快進撃をさらに続けるものだと思われた。

 ところが、2020年に入ると突然事態が暗転した。アメリカの投資会社がラッキンの売り上げ状況について調査した結果、売上額が大幅に水増しされていることを発見したのだ。ラッキンは同年4月になって指摘を認め、2019年4~12月に22億元(330億円)の水増しがあったと発表した(『日本経済新聞』2020年4月4日、7月19日)。水増しした額はその時期の売上額の76パーセントにも及んだというからすさまじい粉飾である(『21世紀経済報道』2020年4月13日)。

ラッキンコーヒーの成功と失敗

 ラッキンの経営陣は、投資家たちの目をごまかしてでもとにかく資金を集めて投資さえすれば、カフェチェーンがきっと成功すると確信していたのだろう。スターバックスの長年の努力によりカフェ文化が中国に根づき始めていたし、ラッキンはいくつかのビジネス上の革新を導入していた。

 まず、ラッキンのお店にはレジがなく、購入も支払いもすべてスマホのアプリ上で完結する仕組みになっている。アプリの中で自分が商品を受け取りたい店を指定すると番号が与えられ、窓口でその番号を伝えればコーヒーを受け取れる。また、ラッキンの店舗にはスターバックスのように店の中でゆったりコーヒーが飲めるスペースがあるもののほか、厨房と受け渡し窓口だけがあるテイクアウト専門の店もある。後者の場合は専有面積が小さいので、家賃コストが少なくて済むし、物件を見つけやすい。さらに、機器のメンテナンスや材料の在庫管理にセンサーが使われていて、店長の業務負担が小さいため、店長を育成する期間が短くて済むのだそうだ。

上海のラッキンコーヒーの店頭。レジがない(筆者撮影、以下同)
上海のラッキンコーヒーの店頭。レジがない(筆者撮影、以下同)

 しかし、売上額粉飾の代価はきわめて大きかった。ラッキンは2020年6月にナスダック上場廃止となっただけでなく、中国の国家市場監管総局には6100万元の罰金、アメリカSEC(証券取引委員会)には1億8000万ドルの罰金を支払い、さらに株主代表訴訟も起こされて1億8750万ドルの賠償金を支払うことで和解した。

1 2 3 4 5

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.