Commentary
著者に聞く⑤――鈴木隆さん
『習近平研究』(東京大学出版会、2025年1月刊)

中国学.comでは、現代中国および中国語圏の研究者の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は現代中国政治の専門家で、『習近平研究』の著者である鈴木隆さんにお話を伺いました。
問1 そもそもなぜ習近平という人物の研究を始められたのでしょうか。また本書の着想を得たきっかけを教えていただけますか。
(鈴木)理由は大きく言って3つあります。
第一に、拙著『習近平研究――支配体制と指導者の実像』(以下、『習近平研究』)のあとがきにも書いたのですが、学生時代から政治家の評伝を読むのが好きだったことです。具体的には、日本の吉田茂、ソヴィエト連邦や中華人民共和国では、レーニン、スターリン、トロツキー、毛沢東、鄧小平などの伝記です。さまざまなキャリアの人が、自分の来歴を語る『日本経済新聞』の名物企画「私の履歴書」も楽しみです。ただし、先に挙げた著作の多くが欧米の研究者の手になる業績であり、日本人の作品が少ないことに残念な思いを抱いていました。ごく小さな部分とはいえ、そうしたナショナリスティックな心情が、『習近平研究』の執筆動機に含まれていることを、わたしは否定しません。
第二に、2012年に最初の単著『中国共産党の支配と権力――党と新興の社会経済エリート』(慶應義塾大学出版会)を刊行して以降、研究活動に取り組む中でわたしは、中国政治における3つの主要な行為主体、すなわち、①支配政党、②最高指導者、③国民集団に着目して、自身の中国政治研究を発展させていきたいと考えるようになりました。前著と『習近平研究』によって、①と②は一定の成果を残すことができました。今後は、③のテーマを追究して、自分なりの「中国政治研究の三部作」を完成させたいと願っています。
第三に、なぜ習近平だったのかという点について。2016年にわたしは菱田雅晴氏との共著で、『超大国・中国のゆくえ3 共産党とガバナンス』(東京大学出版会)という本を発表しました。その準備作業の過程で、初歩的なレベルですが、習近平の著作群を読んでみたところ、江沢民や胡錦濤に比べて政治的個性の強い人物という印象を持ちました。中国の国家社会主義体制のリーダーとして興味深い人物であり、直感的に、習近平という「キャラの立った」政治家であれば面白い本が書ける気がしました。
問2 習近平の経歴について基本的なことを伺います。一時はライバルと目された薄熙来や李克強に比べて、どのような点が特徴的なのでしょうか。
(鈴木)李克強と比べた場合、習近平は政治的血筋の良さが指摘できます。「紅二代」の代表的人物であり、中華人民共和国建国に功績のあった党や軍のエリート家庭出身です。血統に由来する自負と責任感は、習近平の政治認識を理解するうえできわめて重要です。今日、最高指導者である習近平にとって、みずからの政治的責務をまっとうすべき相手の中には、現世に生きる中国国民はもちろん、しかし領土や主権、歴史認識、そして国際政治での覇権追求といった特定の政治課題においては、生者と同等、ときにはそれ以上に、死者――すでに鬼籍に入っている革命の先達も含まれるのです。