Commentary
習近平政権下での愛国主義の変質とその影響
根拠のない自国礼賛と優越感が広がる

「愛国主義」は中国を語る上で欠かせないキーワードの一つである。習近平は「中華民族の偉大なる復興」を繰り返し強調し、愛国主義やナショナリズムを自らの統治の正統性の柱に位置付けている。しかし習近平政権においてナショナリズムは胡錦濤政権と異なる様相を見せている。
中国ナショナリズムの三つの側面
日本において、中国のナショナリズムといえば、2005年4月や2012年9月の大規模な反日デモが深く印象付けられている。日本企業の工場が打ち壊しの憂き目に遭い、中国人が所有する日本車が燃やされる等、蛮行の数々は多くの日本人に深いショックを与えた。このような激しいナショナリズムの背後には、中国が近代の帝国主義列強による侵略の被害者であるという認識がある。この被害者意識に基づくナショナリズムは敵対勢力に対する抵抗を重視している。これが中国の「被害者ナショナリズム」である。
同時に、中国は第二次世界大戦の戦勝国でもある。今日の国連安保理常任理事国としての地位は、この歴史的な経緯を根拠としている。勝者としての地位は、中国が歴史的に正しい側にいるという誇りを中国人にもたらし、中国が大国であることを示している。そして、その大国としての地位にふさわしい強さを持つべきことも含意されているのである。すなわち中国の「大国ナショナリズム」である。
さらに、ナショナリズムは必ずしも戦争の歴史や記憶と結び付いたものとは限らない。悠久の歴史や豊穣(ほうじょう)なる文明こそが中国の愛国主義のもう一つの柱である。諸子百家の思想や四大発明(紙、印刷、火薬、羅針盤)、美しい芸術品の数々など、華やかな文明は中国人の自信の源である。そうした文化への愛着は、自分たちが属する民族と密に結び付き、「中華民族」の偉大さを強調する、中国の「文化・民族ナショナリズム」へとつながっていく。
「中華民族の偉大なる復興」
江沢民政権期から胡錦濤政権期にかけて、中国社会を支配していたのは、被害者ナショナリズムであった。反日デモ、反英デモ、反米デモ、反仏デモなど、排外主義的な大規模抗議活動が頻発した。これらのデモは政府によって管理されており、場合によっては煽動された面もあったが、多くの若者が自発的に参加したこともまた事実である。
しかし、習近平政権発足(2012年11月)以後、大規模な反外国デモは全く発生していない。もちろん、諸外国と対立がやわらいだわけでもなければ、大衆から排外主義が消えたわけでもない。安全と秩序を重視する観点から市民による自発的な集会を嫌う習近平政権がデモを黙認せず、厳しく抑え込んでいるものと推察されるが、同時にそれは習近平が被害者ナショナリズムと距離を置いていることをも示している。
就任直後から習近平は「中国の夢」に言及し、「中華民族の偉大なる復興」をその政権運営の目標とした。ナショナリズムに依存した政権であることは明らかだが、前任者たちとうってかわって、大国ナショナリズムと文化・民族ナショナリズムへの傾斜が見てとれる。2015年9月、抗日戦争勝利70周年の軍事パレードを北京で開催し、戦勝国としての中国を内外にアピールした。「中国のストーリーをよく伝える」、「話語権」(発言権、ナラティブを支配する権力)などが強調され、大国としての影響力を高めることに熱心である。加えて、習近平はソフトパワーにも強い関心を示しており、「文化強国」の建設を指示し、中国の文化、歴史を大々的にアピールしている。習近平にとって、中華文明は常に世界の中心で華やいできたのであり、自らの指導の下で、中国は本来あるべき地位を取り戻すのである。だからこそ、中華民族の偉大なる「復興」が目指されるのである。