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Commentary

著者に聞く③――片山ゆきさん
『十四億人の安寧――デジタル国家中国の社会保障戦略』(慶應義塾大学出版会、2024年9月刊)

片山ゆき
ニッセイ基礎研究所 主任研究員
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中国の社会保障制度のあり方、つまり政府(監督管理側)と市場の関係性は、その他の分野でも見られ、中国を理解する上で重要な鍵となると言える。写真は広州市の高齢者向けの介護施設で親族らと誕生日を祝う男性(手前中央)。2023年11月。(共同通信社)
中国の社会保障制度のあり方、つまり政府(監督管理側)と市場の関係性は、その他の分野でも見られ、中国を理解する上で重要な鍵となると言える。写真は広州市の高齢者向けの介護施設で親族らと誕生日を祝う男性(手前中央)。2023年11月。(共同通信社)

中国学.comでは、現代中国および中国語圏の研究者の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は中国の社会保障制度・民間保険の専門家で、『十四億人の安寧』の著者である片山ゆきさんにお話を伺いました。

問1 そもそもなぜ中国の社会保障制度に興味を持たれたのでしょうか。また本書の主な課題を教えてください。

(片山)中国の社会保障制度に興味を持ったきっかけは、日本の対中ODA(政府開発援助)で、中国の農村部の年金制度の再構築をするプロジェクトに参加したからです。2000年代初頭の中国は経済の高度成長の下、社会保障格差の問題が大きくクローズアップされていました。特に都市と農村の社会保障格差は大きく、その是正が求められていたのです。そこで未整備であった農村の年金制度を改革すべく、日本による制度構築に関する技術援助がされることになりました。当時は、年金のみならず医療保険制度、生活保障制度など社会保障は多くの課題を抱えていました。しかし、こういった中国の社会保障制度は、現在においても日本では幅広く知られていません。そこで本書では中国の社会保障制度とはどのようなものなのか、また、その独自性ゆえどのような課題を内包しているのか、どう持続可能なものにしようとしているのかという課題を設定しました(編集部:関連記事として丸川知雄「中国は介護保険制度を導入すべきか」、劉生龍「高齢化に直面する中国」もご参照ください)。

問2 執筆に当たって、特に苦労したことは何でしょうか。また、それをどのように克服されたのでしょうか。

(片山)特に苦労した点は、日本や欧州とは異なる中国の社会保障制度のあり方やメカニズムを明らかにする点です。中国の社会保障制度は、公的制度からの給付を小さくとどめ、その代わりに民間保険やNPOの活動、家族・共同体などさまざまなリスク保障を幾重にも重ね(多層化)、ミックスする「福祉ミックス体制」を採用しています。特に習近平政権以降、医療保障分野で民間保険会社の活用が進んでおり、民間保険会社に社会保険を補完する商品を開発させ、新たに出現した生活上のリスクを間接的に保障させる手法をとっています。つまり、政府は直接コントロールする範囲を限定すると同時に、民間保険会社を通じて間接的にコントロールする範囲(給付・サービス)の拡大を果たしています。このような社会保障制度のあり方、つまり、政府(監督管理側)と市場の関係性はその他の分野でも見られ、中国を理解する上で重要な鍵となると言えます。

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