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Commentary

現代中国の対日感情はどうなっているのか?
SNS時代の民意を読み解く

平井新
東海大学政治経済学部特任講師
社会・文化
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SNS時代の民意は過激な意見を増幅させる一方で、それにとらわれない穏健で理性的な日本イメージも形成されつつある。写真は江蘇省蘇州市のスクールバス襲撃事件の現場に備えられた花束。2024年6月30日(共同通信社)
SNS時代の民意は過激な意見を増幅させる一方で、それにとらわれない穏健で理性的な日本イメージも形成されつつある。写真は江蘇省蘇州市のスクールバス襲撃事件の現場に備えられた花束。2024年6月30日(共同通信社)

 2024年6月下旬、江蘇省蘇州市で日本人学校通学バス襲撃事件が発生し、日本人母子を助けた中国人女性が亡くなった。同月には吉林省で米国人大学教員四名が刺されるという事件も起こっていた。中国外務省はいずれの事件も「偶発的」だとして「遺憾」を表明した。ところが、同年9月18日には、今度は広東省深センの日本人学校の男子児童が登校中に男に刃物で襲撃され亡くなってしまった。これらの外国人を狙ったと見られる痛ましい事件の多発は、中国社会の対外感情の悪化を示すのか。また、社会の排外主義的声と政府の抑制的態度の差異は本音と建前の違いを示しているのだろうか。

 本稿では、言論NPOが2005年からこれまで継続して毎年共同で実施している日中世論調査および中国インターネット情報センター(CNNIC)の統計を資料に、2000年前後から現在までの中国における対日感情の変遷およびソーシャルメディアの発展がそれに与えた影響について考察してみたい。

蘇州スクールバス襲撃事件と中国SNSの反応

 中国のSNS上の言論は多様だ。蘇州事件では、犯人を称(たた)え死者を「漢奸(民族の裏切り者、売国奴)」と非難する意見と、犯人を非難し死者を悼(いた)む声の両方が存在したが、アルゴリズムにより過激な投稿が目立つ傾向がある。もちろん、中国のネット空間には厳しい規制があることは言うまでもない。ウクライナ戦争開始時には戦争礼賛の言葉が中国のネット空間に溢れた一方、冷静なロシア非難論が削除されたように、規制されたオンライン空間に一定の世論誘導の方向性があることも見逃せない。日本人に対するヘイト言論は少なくとも蘇州事件以前まではネット上での明確な削除対象ではなかったのである。

 それでも今回、当局は蘇州事件の死者を「義を見て勇を為した模範」と称えて「正能量」(ポジティブ・エネルギー)を強調した。さらに中国の主要SNSメディアは事件後、対立を煽る過激な民族主義的言論への規制と、アカウント凍結等を発表している。

 これらの現象は、中国社会の対日感情の実態とSNS上の意見、および当局の公式立場との乖離(かいり)を示唆している。過去20年間、中国の経済的台頭と国際的影響力の拡大に伴い、日中関係は複雑化の一途を辿(たど)ってきた。歴史問題や領土問題といった従来からの懸案事項に加え、「台湾有事」に代表されるような新たな地政学的緊張や経済摩擦も生じている。一方で、インターネットとソーシャルメディアの急速な普及の影響もあり、中国国内の世論形成の在り方は上意下達の一方的なものから、より多様かつ複雑な様相に変容しつつあると考えられる。

中国におけるSNSの普及と対日感情の変遷

 2005年、日本の国連安保理常任理事国入りへの反対、歴史教科書問題、小泉首相(当時)の靖国参拝を背景に大規模な「反日デモ」が起きた。言論NPOの調査(以下同じ)によると、この時期、日本に「良くない印象」を持つ中国人の割合は62.9%に達していた。デモは組織的で大規模なものが主流で、一部暴徒化したが、政府の制御で迅速に収まった。テンセント社のメッセージアプリQQが広まっていたものの、中国のインターネットユーザー数はまだ約1.11億人にとどまり、主にマスメディアが情報伝達の中心だった。

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