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Commentary

アクチュアルなものとしての伝統
現代中国知識人の儒教に関する議論から学べることは何か?

小野泰教
学習院大学外国語教育研究センター教授
社会・文化
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現代中国の知識人たちは、中国の伝統をいかに捉え、どう自己の思想に位置づけていくのかという課題に取り組んできた。写真は山東省曲阜市にある孔子廟を見学に訪れた生徒たち。2024年4月(共同通信社)
現代中国の知識人たちは、中国の伝統をいかに捉え、どう自己の思想に位置づけていくのかという課題に取り組んできた。写真は山東省曲阜市にある孔子廟を見学に訪れた生徒たち。2024年4月(共同通信社)

現在の中国思想界は、主に文化大革命終焉後のさまざまな思想論争を通して形成されてきた。1980年代には、文化大革命への反省や改革開放後の時代的雰囲気の下で啓蒙主義が一世を風靡した。そして第二次天安門事件を経て、中国が90年代以降のグローバルな経済動向とますます結びつくようになると、自由主義と新左派との論争が生じた。さらには中国が国際的な影響力を高めていった2000年代以降、国家主義や新儒家の台頭など、さまざまな思想潮流が生じ、現在に至っている。

こうした各種の思潮はさまざまな主張を持ちつつも、ある共通した課題に取り組んでいる。すなわち、中国の伝統をいかに捉え、どう自己の思想に位置づけていくのかという課題である。以下では、その課題への取り組みを紹介し、現代中国知識人にとっての中国の伝統の重みを考えてみたい。

1.西洋発の普遍的価値への異議申し立て――国家主義や新儒家にとっての儒教

伝統重視の典型例としては、国家主義や新儒家などの思潮を構成する知識人たちがあげられる。こうした知識人たちは、1990年代から2000年代にかけての時代状況――従来の啓蒙主義への反省、中国の国際的な台頭、中国共産党による儒教の再評価など――の中で、西洋発の普遍的価値に対し、中国的な価値の優位性を主張するようになった。そこで中国的な価値を体現するものとして注目されたのが、儒教の伝統であった。

代表的な論者としては、改革開放以降の伝統・毛沢東時代の伝統・儒家の伝統という三つの伝統の融合を説いた甘陽(かんよう)、共産党の「儒化」(儒教化)と儒士の共同体による「仁政」の実現を唱えた康暁光(こうぎょうこう)、儒教復興による中国政治の合法性の確立や制度設計を説いた蔣慶(しょうけい)などがあげられる。こうした知識人たちは、ほぼ共通して次のような認識を示している。すなわち、自由民主主義など西洋発の普遍的価値は現在破綻している、もしくは中国の現状にそぐわないという認識である。このような認識の下、儒教に独自の価値を認め、現実政治に直接活かそうとするのである。

2.普遍的価値との接続――自由主義と儒教

西洋に対抗して中国的価値を重視するこうした思潮が、自身の伝統に注目するのは比較的見やすい論理だといえる。一方、西洋的普遍の意義を強く認める自由主義的立場にたつ思想家たちにとっても中国の伝統は重要なものであった。では、現代中国においては、どのような仕方で自由主義と儒教とが結びついているのだろうか。

例えば、現代中国の代表的な自由主義者の一人とされる劉軍寧(りゅうぐんねい)は、1990年代、東アジア諸国の経済発展を背景に、「儒教自由主義」なる概念を提示している。劉によれば、「儒教自由主義」とは、政治面では代議政治・憲政法治・政党政治に儒家の施政のスタイルを加えたものであり、経済面では、自由市場経済の実行に、勤勉で互助的な儒家の職業倫理を加えるとともに、政府が儒家の富民養民思想の影響を受けて経済生活に対し積極的なコントロールを行うものである。さらに道徳文化面では、自由主義が強調する個人の権利・自主自立・競争精神を取り入れるだけでなく、儒教の忠恕孝順(忠恕はまごころを尽くし思いやりのあること、孝順は両親に従順であること)や尊老愛幼(年長者をうやまい子どもをいたわること)、教育の重視や集団的利益の重視などの傾向をも保持するものである。さらに劉は、市場経済を媒介として儒家伝統と民主政治とをつなげる「三点一線論」を展開している(劉1993)。

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