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Commentary

前代未聞の政治局委員の役職交代
柔軟な人事調整か、流動性・不確実性の端緒か

李昊
東京大学大学院法学政治学研究科准教授、日本国際問題研究所研究員
政治
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流動性、不確実性もまた個人支配体制に共通する特徴であり、今後、政治局委員の任期途中の役職交代が「異例」でなくなり、より流動的になる可能性も否定できない。写真は北京の人民大会堂で全人代の開幕式に臨む李幹傑(左)と石泰峰。2025年3月5日(共同通信社)
流動性、不確実性もまた個人支配体制に共通する特徴であり、今後、政治局委員の任期途中の役職交代が「異例」でなくなり、より流動的になる可能性も否定できない。写真は北京の人民大会堂で全人代の開幕式に臨む李幹傑(左)と石泰峰。2025年3月5日(共同通信社)

不自然な人事と不自然な交代

第三期習近平政権発足時の石泰峰と李幹傑の役割分担は異例だった。石泰峰は経験豊富であり、組織部門での経験もあることから、当初は中央組織部長に就任すると思われたが、党大会後早々に中央統一戦線工作部長に就任した。一方、中央組織部長人事は遅々として決まらず、すでに中央委員を退任した陳希が留任していた。翌年4月になって、やっと李幹傑の就任が明らかになった。中央組織部長人事は当初から不穏かつ不自然だったのだ。この背景を説明できる材料は全くないが、習近平がこの人事に躊躇(ちゅうちょ)していた、あるいは納得していなかった可能性が考えられる。

今回の役職交代についても、事情は何ら説明されていない。派閥形成を防ぐ手段だという見方もあるが、やはり中央組織部長と中央統一戦線工作部長とでは、影響力に大きな差があり、素朴に考えれば、李幹傑の更迭と見えるのは不可避だろう。しかも、役職交代後も、石泰峰は依然として統一戦線工作に係る全国政治協商会議の副主席と党組副書記を務めているのに対し、7月現在、李幹傑はこれら政協の役職を引き継いでおらず、活動にも参加していない。規律違反はなく、失脚させるほどではないものの、李幹傑の仕事ぶりに習近平が不満を持っていたという見方が現時点では最も自然ではないだろうか。

従来、政治局委員レベルでは任期途中の役職変更はほとんどなく、5年間務めるのが慣例だった。それを破るほどの問題が生じたのか、あるいはそもそも習近平がその慣例をよしとせず、柔軟に人事の調整を行おうとしているのか。今後、政治局委員の任期途中の役職交代が「異例」でなくなり、より流動的になる可能性も否定できない。流動性、不確実性もまた個人支配体制に共通する特徴である。なお、次の党大会への展望についても言及するならば、石泰峰は1956年生まれで、次の党大会で引退する可能性が高いが、李幹傑は1964年生まれで、次の党大会で指導部に留任するチャンスがある。ただし、中央統一戦線工作部長経験者で最高指導部入りを果たした者がいないことは言及しておきたい。

香港情報と政治ゴシップ

今回の役職交代劇を公式発表に先がけてスクープしたのは、香港メディアの『星島日報』と『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』だった。『星島日報』は以前から人事情報、噂を頻繁に報じており、誤報もあるが、『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』は過去の党大会でも何度も人事を正確に報じており、今回のスクープでもその中国報道の質の高さを示すこととなった。党の秘密主義的体質が強化され、香港に対する中央の統制が強化された今日においても、香港情報が依然として有用であることは繰り返し強調したい。

ただし、今回の役職交代についても、メディアが報道する以前に、決定が行われた政治局会議が開催された3月31日にはすでにウェブ上で噂が流れていた。ウェブ上には有象無象の政治ゴシップがあふれているものの、真偽不明の幹部摘発情報がしばらく後で確認される例も多い。今日のような情勢においても、何らかのルートで情報が流出していることは間違いない。だからこそ政治ゴシップは侮れないが、慎重に接する必要があることは肝に銘じたい。

*本稿は、霞山会発行『東亜』2025年6月号に掲載された記事を転載・加筆したものである。

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