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Commentary

前代未聞の政治局委員の役職交代
柔軟な人事調整か、流動性・不確実性の端緒か

李昊
東京大学大学院法学政治学研究科准教授、日本国際問題研究所研究員
政治
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流動性、不確実性もまた個人支配体制に共通する特徴であり、今後、政治局委員の任期途中の役職交代が「異例」でなくなり、より流動的になる可能性も否定できない。写真は北京の人民大会堂で全人代の開幕式に臨む李幹傑(左)と石泰峰。2025年3月5日(共同通信社)
流動性、不確実性もまた個人支配体制に共通する特徴であり、今後、政治局委員の任期途中の役職交代が「異例」でなくなり、より流動的になる可能性も否定できない。写真は北京の人民大会堂で全人代の開幕式に臨む李幹傑(左)と石泰峰。2025年3月5日(共同通信社)

習近平政権の下では、「異例」の事態が当たり前のように生じる。習近平は絶えずチャイナウォッチャーたちにサプライズを与えている。今度は中央組織部長だった李幹傑と中央統一戦線工作部長だった石泰峰を入れ替えるという人事だ(2025年4月2日公式発表)。両者ともに中国共産党トップ24人の政治局委員であり、政治局委員同士の役職交代は前例がない。

中央組織部と中央統一戦線工作部

中国共産党は巨大な組織であり、社会の隅々にまで党の組織が設けられているが、中央にはいくつかの直属機関を抱えている。「職能機関」として、中央組織部、中央宣伝部、中央統一戦線工作部、中央対外連絡部、中央政法委員会、中央社会工作部などがあるが、これらの組織が担う業務は膨大であり、いずれもトップは中央委員以上が務める。

とはいえ、これらの党中央直属機関にも「格」が存在する。中でも中央組織部は、最重要部門の一つである。共産党一党支配体制の根幹を成すのは、「党が幹部を管理する」という原則であり、党、国家機関、軍、地方、企業、社会団体、学校に至るまで、人事権を党が掌握している。組織部門は、人事の決定過程において、候補者についての調査、資料整理、そして提案を行う権限を有している。中央組織部長には中堅世代の有力者が就くことが多く、後に最高指導部入りを果たした者も少なくない(曽慶紅、賀国強、趙楽際など)。一方、中央統一戦線工作部は比較的に影響力が限られ、さほど注目されてこなかった。実は扱う領域は広く、端的には共産党とそれ以外のセクター(例えば、民主党派、香港、台湾、華僑、少数民族、宗教、私営企業など)とのつながりを担う部門といえる。かつて、毛沢東が中国革命勝利のための「三大法宝」の一つに挙げたほど、統一戦線は重要な地位を占めていた(他の二つは、武装闘争と党の建設)。しかし、共産党の優越性が確立されるに従って、統一戦線は重要性を失っていった。2012年、胡錦濤の側近として知られる令計画(当時、中央弁公庁主任)が、中央統一戦線工作部長に転任したことが「左遷」と報じられたこともその地位を反映している。

近年、統一戦線工作は習近平政権の下で、重要性が高まっているといわれ、実際に2022年、習近平の第三期政権において、石泰峰が政治局委員として中央統一戦線工作部長に就任した。海外では、情報活動や浸透工作を行っているとして広く注目を集め、警戒されている。とはいえ、どの程度実際に影響力を発揮できているのかは大きな疑問である。

李幹傑と石泰峰

今回の人事当事者2名を簡単に紹介しよう。李幹傑は、清華大学出身であり、原子力工学の専門家である。かつて生態環境部長を務め、2022年の党大会時は、山東省党委員会書記を務めていた。第三期習近平政権(2022年~)においては、科学技術の専門家が重用される傾向が顕著で、李幹傑はその典型である。また、山東省関係者の台頭も第20回党大会において見られた現象であり、往々にして習近平夫人で山東省出身の彭麗媛と関連づけられる。ただし、それは山東省という共通項でこじつけている感があり、推測にとどまる。清華大学出身であることに着目して、李幹傑が中央組織部長の前任者で、かつて清華大学党委員会書記を務めた陳希と関係が深いという見方もあるが、これも同様に共通の経歴以上の根拠はない。

石泰峰は、北京大学出身である。前総理の李克強と同時期に在学していたが、関係が深いという話は聞かない。卒業後、長期にわたって中央党校に勤め、習近平校長の下で副校長も務めている。その後、江蘇、寧夏、内モンゴルで地方行政経験を積み、2022年党大会時には中国社会科学院院長だった。

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