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Commentary

「三冠王」中国の課題
「自信を支える底力」に求められる改革

趙宏偉
政治学・国際関係学研究者
国際関係
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総じて、中国の発展は過去40年間において工業革命、IT革命、AI革命の三つを一気に最前列に進めた点において特異である。写真は上海国際モーターショーで展示された自動車用の半導体製品。2025年4月(共同通信社)
総じて、中国の発展は過去40年間において工業革命、IT革命、AI革命の三つを一気に最前列に進めた点において特異である。写真は上海国際モーターショーで展示された自動車用の半導体製品。2025年4月(共同通信社)

この現象の主要因は、しばしば言及されるような所得水準や福祉政策といった経済・社会制度ではなく、文化・文明的要因にあると考えざるを得ない。

日中韓に共通する文明的背景は、儒教文明である。四季のある農耕地帯において、長きにわたる家族的営農と相続制度のもとに形成された儒教的価値観は、収穫物の貯蓄および世代間の財産継承を「徳」とみなし、それに反する浪費や無責任は「不徳」「敗者」として否定される。この文化的枠組みのもと、中国では多くの親世代が、子どもの一生を保障する財産をコツコツと蓄え、それが達成されると今度は孫のための貯蓄を開始する。このような傾向の中で、自らの消費にはなかなか金を回さない。加えて、中国には相続税や贈与税が存在せず、これは政府がその徴収に対する儒教文明からの反発を恐れているためだとも解釈される。

日本では2019年に高齢者世帯が豊かな老後を送るためには2,000万円の貯蓄を準備したほうがいいという政府の審議会の試算が示されて物議をかもしたが、これは欧米諸国から見れば不可解に映るであろう。

中国政府の掲げる消費拡大策には、「剛需」(リジッド・デマンド)すなわち「必需的消費」の充足が強調されている。しかし、「剛需」とは本来、施策がなくとも自然に生じる消費であり、これを超えるいわゆる「裁量的消費」や「浪費的消費」こそが消費拡大に不可欠であるという価値観、経済論理がまだわかっていない。

過去十数年にわたり、中国は「供給側改革」に注力してきた。「モノづくり」は日中韓に共通する文化的美徳の一つである。確かに米中二つの超大国の競争という国際環境があって、中国は「中国製造2025」ビジョンを掲げ、供給体制の強化に成功し、その結果、製造業、IT、AIの分野において「三冠王」の地位を確立し、対米競争において有利な立場を築いた。しかし、2025年の今日に至っても、政府は「需要側改革」というスローガンを公式には打ち出していない。

大規模な需要側改革なくして、消費拡大は望めない。需要側改革を経済政策の第一義に据え、消費に対する価値観の転換、消費システムの抜本的改革、さらには金融改革、消費拡大を後押しする金融制度への転換が不可欠であろう。

また、過去数十年にわたる日中韓の内需拡大の失敗の経験から、文明の枠組みに根差した行動様式を変えるには、幾分かの強制力を伴う政策が不可欠であることも示唆される。この点、中国共産党は、党員に率先垂範を求めることで体制的「優越性」を発揮し得る。例えば、現在、中国で最も落ち込んでいる分野である恋愛、結婚、出産・育児といった行為は、どれを取っても消費倍増をもたらす行為である。これらの領域に対しては、かつて党組織が積極的に関与していたので、その伝統を再興することは有効な方策となり得る。この点は、同じ儒教文明圏にあるシンガポールの与党が採った政策にも通じるものである。

果たして2025年、中国政府は真に「需要側改革」の必要性を認識し、その実行に踏み切るのであろうか。それは中国の運命を左右する重大な分岐点となるであろう。

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