Commentary
「三冠王」中国の課題
「自信を支える底力」に求められる改革

4.中国の発展の特異性と「三冠王」国の課題
総じて、中国の発展は過去40年間において工業革命、IT革命、AI革命の三つを一気に最前列に進めた点において特異である。これは、西側のように段階的な「工業化→脱工業化→IT化→AI化」という直線的な発展過程とは異なり、中国がこれらを並行的かつ統合的に進めて来たことを意味する。
さらに、中国は近年流行している言葉で言えば「広土巨族」(文楊『広土巨族』中華書局、2019)である。「広大な国土並びに巨大な民族」という意味で、発展をやり遂げると、世界中の需要にこたえるだけの製品を作る能力を持ちうる、という自己認識が表れている。要はお馴染みの「米国例外主義」に並んで「中国例外主義」もあるという語りである。ちなみにジョセフ・ナイは米国例外主義について、「例外」とは言えない「自由」と「宗教」を挙げた後に、「我らの例外主義は米国の尋常でない広大な国土とその地理的条件に由来する」と書き記した(ジョセフ・ナイ『国家にモラルはあるか』早川書房、2021年、25-29頁)。結局のところ、ジョセフ・ナイの例外主義の根拠は広大な国土だけであり、だとすると、トランプがカナダとグリーンランドを併合しようとする意識は、この米国例外主義にあるのであろうか。
これに比べると、中国にはもう一つ、14億人の「巨大な民族」もある。しかも、2025年現在において、中国は「世界システム」の中心に位置する唯一の「三冠王」である。
もっとも、この「三冠王」は、各国にとっては生産財、消費財、公共財の供給者として魅力的であると同時に、雇用や市場をも席巻する「経済的巨人」としての脅威ともなり得る。しかしこの「巨大な民族」が、少子高齢化という現代的課題に直面し、その「万能性」を今後どこまで維持できるかは、依然として未知数である。
致命的な弱点──国内の需要側改革と消費拡大を取り巻く難局
2024年の中国における社会消費財小売総額は、前年比3.5%増の6.8兆ドル(48.8兆人民元=約1000兆円)であった。また、同年の輸出入総額は前年比5%増の5.9兆ドル(43.85兆人民元)に達した。中国の対米輸出額は4,389億ドルに上り、これは中国の国内消費の約6%に相当する。裏を返せば、仮に国内消費が6%以上増加すれば、対米輸出の減少分を代替できる計算になる。しかし、2024年における中国の国内消費の伸び率は3.5%にとどまった。2025年第1四半期には5.3%まで上昇したものの、依然として楽観できる水準ではない。
米中関税戦争において、中国側が取るべき根本的かつ決定的な政策は、対米交渉ではなく、国内における需要側の構造改革と消費拡大にある。これは単に通商問題に限らず、中国経済が健全に発展するためにも不可欠な道筋である。
しかしながら、消費拡大の実現は中国にとって極めて困難であり、この点は過去40年間の日本および韓国の内需拡大の実績を見ても明らかである。欧米においては、所得以上の過剰消費が経済問題や社会問題を引き起こしているが、日中韓ではむしろ過剰な貯蓄が経済活力を抑制している。日本と韓国の貯蓄率は常に30%を超え、中国においては40%を超え、時に50%をも上回る驚異的な水準にある。1952年から2023年までの中国の平均貯蓄率は37.2%、最高値は2010年の50.7%であった(出典:https://www.ceicdata.com/ja/indicator/china/gross-savings-rate)。2024年には、中国が43.8%、韓国が34.2%、日本が29.8%であったのに対し、米国はわずか16.9%に過ぎない。