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Commentary

中国はなぜ米中関税戦争に勝利したのか?
中国の貿易相手の多角化が奏功

趙宏偉
政治学・国際関係学研究者
国際関係
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中国が開拓してきた非米国市場は、対米デカップリングによる損失を補って余りある力を備えている。写真は北京市内の土産屋に掲げられた中国と米国の国旗。2025年4月20日(共同通信社)
中国が開拓してきた非米国市場は、対米デカップリングによる損失を補って余りある力を備えている。写真は北京市内の土産屋に掲げられた中国と米国の国旗。2025年4月20日(共同通信社)

2.対米輸出がゼロになっても、中国にとって大きな損失にはならない

2024年の中国の対米輸出は4,389億ドル(約6兆6,000億円)であり、たとえこれに125%の「相互関税」が課されても、中国にとっての損失は限定的である。

(1)2025年第1四半期の対米輸出は1,156億ドル(前年同期比4.5%増)であり、これを2024年の総額から差し引くと、残りは3,233億ドルとなる。

なお、対米輸出総額の約30%(約1,300億ドル)は、米国企業が自国市場向けに中国で製造したものである。米国が中国から輸入している主要3品目、すなわちスマートフォン、ノートパソコン、リチウムイオン電池などが該当する(ブルームバーグ、5月20日)。米政府はこれらに相互関税を適用していない。従って、仮に2025年4月から対米輸出が停止するとすれば中国の輸出は約2000億ドル減少することになる。他方で、中国は米国に対して報復関税を課すため、前述のように1100億ドルの機器類の輸入は国産品によって代替されるだろう。結局、米中貿易戦争によって純輸出が900億ドル減少する程度にとどまる。

(2)第1次関税戦争時、米国のエリート層が「デカップリング(経済分断)」という造語を流布させた一方で、ホワイトハウスは「デカップリングはしない」と述べてきた。しかし中国は米国を甘く見ることなく、科学技術から製造・販売に至るまで、対米依存の見直しを急速に進め、対米デカップリングに本気で取り組んできた。その結果、輸出面では非米国市場を着実に開拓してきた。

第2次関税戦争のトランプ関税税目が全部出されてからの25年4月の中国の輸出実績を見てみると、輸出総額は前年同期比8.1%増、対米輸出は21%減だった。一方で、東南アジア向けは21%増、EU向けは8%増と大幅に伸びている(中国海関総署)。

「米国に輸出できなくなった製品が他地域に流れた」との報道もあるが、トランプ関税が発表されてすぐに他国との新規契約・物流調整が成立するわけではなく、少なくとも2か月はかかると見られる。したがって、2025年4月の輸出急増は、実際には過去8年間にわたる非米国市場の開拓が、関税戦争の勃発タイミングに間に合った結果であり、大きな成功と言える。

アセアン(ASEAN、東南アジア諸国連合)およびEUは現在、中国の最大および2番目の貿易相手である。かつては米国とEUが中国の貿易相手の双璧(そうへき)であったが、2018年のトランプ関税戦争以降、アセアンが2020年から最大の貿易相手となった。中国・アセアンの貿易総額は、これまで20年間年平均11%のペースで拡大し、2024年に9%増の1兆ドルに肉薄する約9823.4億ドル(6.99兆人民元=約150兆円)に達した。このうち中国対アセアン輸出は5865.2億ドルで13.4%増となり、同期の中国の対米輸出(4,389億ドル)を約25%(1,476億ドル)上回っている(中国税関総署)。

さらに、2024年には中南米、アフリカ、中央アジア5カ国、中東欧諸国との貿易増加が、増加率全体の60%近くを占めており、アセアンやEU以上に今後の成長余地がある(出典:https://project.nikkeibp.co.jp/bpi/atcl/column/19/012700551/)。

つまり、中国が開拓してきた非米国市場は、対米デカップリングによる損失を補って余りある力を備えている。

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