Commentary
出稼ぎ労働者に寄り添う深圳・重慶、冷酷な北京
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか③
重慶のように郊外の大規模な公営住宅を建てる道と、深圳のように市中心部の城中村を活用して住居条件を改善する道とがあるが、そのどちらかを選択するというよりも、条件の悪い住宅に住んでいる低所得階層に対し、公的補助によってより条件の良い住宅を安価に提供するさまざまな試みが並行して実践されるべきであろう。なぜなら、深圳や重慶のように産業が成長中の大都市にはこれからも人口の流入が続くだろうし、そうした新しい住民たちには安全で条件の良い住宅へ住みたいという願望があるだろうからである。
しかし、いま不動産バブルの崩壊で売れなくなっているマンションが、こうした階層にも手が届く水準まで値下がりする可能性はまずない。住宅を所有できる階層に見放されて値崩れしているマンションの値段と、新市民や低所得階層に手が届く住宅の価格との間には、依然として巨大なギャップがある。そのギャップを埋めるような価格帯の住宅を供給できれば、中国の不動産業はまだ成長する余地が大きいはずだ。
少し大風呂敷の話をすると、いま中国が直面している問題は、ヨーロッパ経済史でいわれている「勤勉革命(industrious revolution)」という概念を想起させる。近代のヨーロッパにお菓子やタバコといった嗜好品が出現したために、それを買うために人々はより勤勉に働くようになったという。このことを経済史家は勤勉革命と呼んだのだが、高度成長期の日本では住宅がサラリーマンたちの勤勉革命をもたらしたのかもしれない。サラリーマンたちはローンを背負って住宅を買ったので、会社に長く勤め、給料が増えるように奮闘せざるをえなくなった。
中国でも低所得の労働者たちが住宅を買うようになれば、会社で長く勤勉に働くようになる可能性がある。だが、どうあがいても住宅が買えそうにないということであれば、彼らはやがて労働に疲れてやる気を失い、スラムに沈殿するか、貧しい故郷に帰ってしまうかもしれない。住宅が手に届くかどうかは、農村から出てきた労働者たちが都市に定住し、長く勤勉に働くかどうかに影響すると思う。
閉鎖性と強権性を異様に強めている北京市政府
深圳市と重慶市はいずれも都市に流入する人口に対して良好な住宅を供給するための努力を始めている。一方、北京市と上海市は都市への人口流入そのものを止めている。下の図4に見るように、北京と上海の人口は2013年以降ほとんど伸びていない。深圳市の人口が2010年から2020年の10年間に726万人増え、広州市も同じ期間に603万人増えたのとは対照的である。
私は、北京市が異様に閉鎖性を強めていることを2017年頃から意識するようになった。北京市と隣接する天津市や河北省との間は何本もの道路でつながっているが、2017年夏に天津市に工場見学に行ってバスで北京に帰ってくるとき、バスは突然、高速道路を外れて横の公安検査所へ向かった。
下の写真はそのときに撮ったものであるが、写真の左側にガラガラの道路が見える。これが本来の高速道路であり、かつてはこちらを通って特段の検査もなしに北京市に入ることができた。ところが、2017~19年には天津市や河北省のどの道路から北京市に入るときにも車は「公安検査」という関所を通る必要があり、そこで車の乗員の身分証チェックが行われた。関所のところでは当然渋滞が発生する。検査はテロ防止を目的としたものなのだろうが、これがあるために北京に車で入るのに渋滞も含めて30分は余計に時間がかかり、はたしてその膨大な無駄を必要とするほどの大きなリスクがあるのか、と首をひねってしまう。
この検査に象徴される北京市政府の閉鎖性と強権性は、出稼ぎ労働者たちが住む村に対しても容赦なく発揮されている。
2017年11月に、北京市郊外の出稼ぎ労働者たちが住む村で簡易宿泊所の火災が起き、19人が亡くなった。火災が発生したアパートは東西80メートル、南北76メートルもある地上2階、地下1階の建物だった。2階には305の居室、1階にはレストラン、商店、銭湯、アパレル工場などが入っていた。その地下にあった冷蔵倉庫で電気のショートが発生したことが火災の原因だが、北京市政府が取った対策は火災を起こしたアパートの責任者を処罰するだけでなく、村の住民を2週間以内にすべて追い出し、村全体を潰すことであった。