Commentary
DeepSeekの衝撃(続)
「開放性」は「地政学」に勝つ

ICの輸出規制を強化しろと息巻いているアメリカの議員たちや生成AIをめぐる競争を「米中の覇権争い」と捉える日本の新聞・テレビは、この競争を地政学的に捉えている。地政学は世界を帝国主義国間の植民地獲得競争のように見なす世界観に立つ。その観点からいえば、中国が前進することはそのライバル国たちが後退することである。もしアメリカのICメーカーがICを輸出して中国の生成AIの前進を助けるようなことがあれば、それは利敵行為と見なされる。そうした観点からいえば、中国の生成AIの進歩を止めなければならない、ということになる。
アメリカ政府は地政学的な観点に立って、中国のAIの発展に必要なICの輸出を制限し、中国のAIを「兵糧攻め」に遭わせてきた。しかし、DeepSeek-V3がGPT-4oなどを上回る好成績を挙げたことは、科学の力で資源の不足を乗り越えることができることを示した。科学の力とはすなわち国境を超えてさまざまな人々が生み出した知識を自由に利用し合う開放性の力と言い換えることができる。
DeepSeekなど中国のAIの進歩に対抗するのに、ICの輸出管理をさらに強めたり、アメリカ国内や日本などの同盟国でDeepSeekの利用を禁じたりするといった地政学的な対抗策を採ることは、自らのIC産業を弱体化させ、自らのAIの進歩を遅らせる自傷行為にしかならないだろう。本来、生成AIとは世界中のインターネット上に散らばる知識や言葉を学習するものであり、開放的な環境がなければ育ちようがない。
競争の勝敗を分けるのは、何らかの特殊な資源を握っているか否かではなく、世の中の知識や言葉を効率的に学ぶ計算方法を編み出せるかどうかである。その計算方法を競争相手も学んで改良できるのであれば、ライバルの前進を自分の前進につなげることができる。開放性は進歩をもたらし、地政学は進歩を妨げる。
その点では、国外のSNSへのアクセスを制限している中国政府も、中国の生成AIに対する兵糧を断つことで窒息させようとしているアメリカ政府と同罪である。長い目で見ればいずれも科学と開放性の力に負けるに違いない。
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参考文献
斎藤健二「DeepSeekで注目された「蒸留」って何だ? 識者が解説」『ITmedia AI+』2025年2月7日
DeepSeek-AI, DeepSeek-V2: A Strong, Economical, and Efficient Mixture-of-experts Language Model. May 2024.
DeepSeek-AI, DeepSeek-V3 Technical Report, January 2025.
The Economist. “Uncomfortably close.” The Economist, January 25, 2025.
劉沛林「DeepSeek走紅 英偉達、微軟、華為、騰訊等推相関服務」『財新網』2025年2月2日。 劉沛林・屈運栩「DeepSeek爆火 撼動AI投資和算力競争底層邏輯」『財新周刊』2025年第5期。