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Commentary

DeepSeekの衝撃(続)
「開放性」は「地政学」に勝つ

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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DeepSeekなど中国の高性能AIの登場は、科学の力で資源の不足を乗り越えられることを示した。写真はアリババが一般公開した自社開発の対話型生成AIサービス「通義千問(Qwen)」。2023年9月13日(共同通信社)
DeepSeekなど中国の高性能AIの登場は、科学の力で資源の不足を乗り越えられることを示した。写真はアリババが一般公開した自社開発の対話型生成AIサービス「通義千問(Qwen)」。2023年9月13日(共同通信社)

DeepSeekの背景

DeepSeekを生み出した幻方量化とはいったいいかなる会社なのであろうか。その創立者の梁文鋒は1985年に広東省湛江市生まれ。17歳で浙江大学電子情報エンジニアリング科に入学し、同大学の修士課程を修了した。2015年に株などの高速取引を行うクオンツ・ファンド、幻方量化を創立し、成功を収めて2021年には資産規模を1000億元近くにまで拡大した(劉・屈、2025)。

梁文鋒は高速取引を行うためにAIに関心を持ち、2021年までに10億元を投じてエヌビディアのA100を1万個以上も購入した。2023年5月に社内にAIチームを立ち上げ、これをDeepSeekと称した。DeepSeekが業界の注目を集めたのは2024年5月に発表したDeepSeek-V2による。この段階ですでにMulti-head latent attention とDeepSeekMoEというDeepSeekの独自技術が使われていた(DeepSeek-AI, 2024)。

DeepSeekで特筆すべき点は開発した生成AIがすべてオープンソースになっていることである。DeepSeek-V3のファイルサイズは700GBと大きいものの、ユーザーはそれをダウンロードして使ったり、改良したりできる(The Economist, 2025)。そればかりか、その技術に関する詳細な論文が公開されており、そこにはそれを作成したスタッフの名前も掲載されている。一方、ライバルのChatGPTやClaudeはクローズドであり、その技術の中身に関する情報も限られている。

もしDeepSeek-V3が中国の悪い面について口ごもることが気に入らないのであれば、ダウンロードして中国の暗部について再教育すればいいのであり、それを利用して自分の入力内容が中国政府に筒抜けになることが心配なのであれば、自国のサーバーにインストールして使えばよいのである。

さっそくメタでは4つの作戦室を設けてDeepSeekをダウンロードして解析し、自社のモデルを改善するためのリバース・エンジニアリングに取り組んでいるそうである(劉・屈、2025)。

また、マイクロソフトのチャットボットCopilotはGPT-4を利用しているが、『財新網』の報道によれば、CopilotではDeepSeekの推理モデルR1も使い始めているという(劉、2025)。もっとも、Copilotにこの件について質問してみたところ、英語で尋ねたら「自分の技術については知りません」とはぐらかし、中国語で聞いたら「DeepSeekとは関係ありません」と否定した。とはいえ、DeepSeekはオープンソースであるだけに、今後いろいろなウェブサイトや機器にビルトインされて、私たちも知らず知らずのうちに使うようになるかもしれない。

開放性は地政学に勝つ

DeepSeekのオープンな姿勢は、この会社が生成AI開発を科学として捉えていることを示している。科学者は先人の肩の上に立って新たな科学的成果を生み出していく。他人の貢献を自分のものだと偽ることは科学のルール違反だが、他人の科学的成果を利用することはタダである。そうした世界では「覇権争い」などというものは存在しない。科学的成果は公開の論文という形で公表されるので、誰でもその成果を利用できるからである。

一方、「技術」となると、特許を取得することで、他者がそれを利用することに制限を加えたり、利用料を取ったりできる。もしある技術が普及することが、他の類似の技術の利用を妨げたり、不要にしたりする場合には「技術覇権」が成り立つことがある。しかし、生成AIの場合には排他性がないため、「技術覇権」は形成されないだろう。

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