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Commentary

EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか?
あるとしたら、どこにあるのか?

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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アメリカのバイデン政権は5月14日、中国製の電気自動車(EV)と太陽電池に対する制裁関税を引き上げると発表した。写真は「北京国際モーターショー」のブースに展示されたポルシェのEV ”Taycan”と龍。2024年4月25日(共同通信社)
アメリカのバイデン政権は5月14日、中国製の電気自動車(EV)と太陽電池に対する制裁関税を引き上げると発表した。写真は「北京国際モーターショー」のブースに展示されたポルシェのEV ”Taycan”と龍。2024年4月25日(共同通信社)

太陽電池も差別化商品である。その機能においては発電という単一の機能しかないものの、光を電気に変換する技術がいろいろあり、その間での競争が繰り広げられてきた。これまでのところ結晶シリコン型が高い変換効率と低い生産コストを両立できる技術として有力であるが、変換効率はそれより劣るものの生産コストがより安いカドミウムテルル薄膜(はくまく)型にも一定の競争力がある。さらに桐蔭横浜大学の宮坂力(つとむ)教授の研究室で発明されたペロブスカイト太陽電池は、製造法が簡単で材料が安いにもかかわらず結晶シリコン型に匹敵する高い変換効率を実現できる技術として注目されている。現状では耐久年数に課題を残しているようだが、近い将来に有力な技術になるであろう。

様々な太陽電池技術の間で競争が繰り広げられるなかで生産能力過剰に陥るメーカーも出てくるだろう。5月14日にシャープが堺市の工場で作っていたテレビ用液晶パネルの生産をやめることが発表されたが、堺工場はもともと液晶パネルと太陽電池の両方を生産する工場として建てられた。ところが、シャープが選択した薄膜シリコン型太陽電池は変換効率が低いわりに生産コストは低くなかったため、競争力がなく、結局生産をやめた経緯がある。こうした技術間の競争のなかで太陽光発電の競争力が高まり、火力発電や原子力発電よりも有利な発電手段となっていくであろう。そうなれば太陽光発電が経済的な選択として生き残り、火力発電所や原子力発電所、そしてそれらの設備を作る産業が余剰になっていくだろう。2050年までに排出実質ゼロを公約した先進国はそうした転換を進める義務を自らに課したはずである。それなのに中国の太陽電池産業が過剰だと非難し、その発展を妨げるために関税を課すことに道理があるであろうか。

競争力のある自国メーカーの育成を

但し、EVも太陽電池も、その生産能力が中国に偏っていることは問題である。2023年の中国のEV生産台数は959万台で世界の7割近くを占めた。太陽電池においてもセルの段階で見ると中国が世界の生産の82%を占めている。これらは人類がこれから気候変動という共通の敵に立ち向かっていくうえでEVと太陽電池は必要であるが、それらを入手しようとすると中国に対する貿易赤字が拡大してしまうのでは他国の不満が募るのも当然である。

ただ、このような不均衡を直していくのに保護関税を用いる国があるとすれば、それはその国におけるEVと太陽電池の高値をもたらし、EVシフトや再生可能エネルギーへの転換の足を引っ張ることになる。保護関税によるのではなく、直接投資の受け入れ促進によって自国の生産能力を増やしていくべきであろう。

でもそうしたら中国メーカーに国内市場を席巻(せっけん)されて、国民の間に「脅威だ」とか「悔しい」といった感情が生まれるかもしれない。それならば中国メーカーと競争できるような自国メーカーを育成することを考えるべきである。もし効果があるのであれば政府から投資をしてもよい。日本政府は2021年度から2023年度にかけて4兆円もの補助金を半導体産業の育成のために支出した。日本が直面する最大の課題は少子高齢化と温室効果ガスの排出削減であるが、半導体はこれらの課題解決に直接貢献するものではないし、間接的に貢献するのかも疑わしい。それよりも温室効果ガスの削減にダイレクトに貢献する再生可能エネルギーやEVの普及に投資する方が、政府の財政資金の使い方としてより納得感があるのではないだろうか。

(注1)中国の太陽電池生産能力はM. Zaharia, P. Kongkunakornkul, R. Talwani, and S. Sen. “What Overcapacity”, Reuters. April 11, 2024. 2023年の新規設置規模は、IEA-PVPS, Snapshot of Global PV Markets 2024, April 2024.

(注2)このデータの出所である国際エネルギー機関(IEA)では、純電動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCEV)の合計を電気自動車(EV)としている。中国では「新エネルギー車」という言葉を用いるが、これもIEAのいうEVと意味は同じである。2023年は世界でBEVが950万台、PHEVが430万台、FCEVが8900台販売された。

(注3)IEA, Global EV Outlook 2024, April 2024.

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