Commentary
情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済
国家安全部による「中国経済衰退論」批判から読み解く
今とるべき対策は国内需要を増やすことだとすれば、経済学の教科書的な処方箋は、財政赤字を拡大して公共投資を増やして景気を刺激するか、金利の引き下げなどの金融緩和をとるべきだということになろう。
だが、このいずれの手段も現状では手詰まり感が強い。
財政赤字についていうならば、2023年は当初予算ではGDPの3%の財政赤字率を予定していたが、第4四半期に1兆元の国債発行を追加したので、財政赤字率は3.8%となる見込みである。しかし、2024年も予算では財政赤字率が3%をやや上回る程度となる見込み(『21世紀経済報道』2023年12月25日)であり、中国政府の財政赤字拡大に対する慎重姿勢が続く。
また、地方政府が傘下の企業に発行させて都市インフラ投資などに充てる「城投債」と呼ばれる準地方債については2023年9月以降発行額が急減しており、一方で繰り上げ償還するケースが増えていることから、城投債の発行額の残額は2023年11月以降減少している(『21世紀経済報道』2023年12月21日)。
これまで中央と地方の公共投資によって高速鉄道や高速道路、工業団地や住宅団地の整備が進められ、2020年のコロナ禍以降は「新型インフラ建設」と称して5G通信ネットワークや自動運転設備などの建設も進められてきた。しかし、インフラ建設は建設業や建材に対する需要を喚起するとしてもインフラが充実すればするほどインフラ自体の経済的・社会的効果は減っていく。東京都と面積がほぼ同じ深圳市の地下鉄の総延長が548キロメートルで、東京メトロと都営地下鉄の合計(304キロメートル)の1.8倍にもなっているのをみると、もはや新規にインフラ建設を行う余地も小さくなっている可能性がある。
一方、中国の政策金利の指標である最優遇貸出金利(LPR)をみると、期間1年の金利が2023年初めの3.65%から6月に3.55%、8月に3.45%と、ごく小幅の切り下げにとどまっている。ゼロ金利を見慣れた日本人の目からすると、デフレが始まっているのに何とも手ぬるい金融緩和である。ただ、アメリカの金利が高いときに自国の金利を引き下げると資金流出が加速してしまい、それによって人民元の為替レートにも下落圧力がかかり、為替レートが下がるとアメリカに「為替レート操作だ」とみなされてさらなる経済制裁を食らいかねない。また、貸出金利の引き下げは銀行の利ザヤを圧迫することにもなる。そうした事情から中国の中央銀行は思い切った金融緩和の手を打ちにくいのだろうと思われる。
需要刺激策として「子ども手当」はどうだろうか
大幅な公共投資の拡大や金利の引き下げが難しいとなると、需要刺激策として考えられるのが減税である。ただ、中国の場合、個人所得税はもっぱら高額所得者が支払っているので、減税しても中低所得者の実入りは増えず、高額所得者ばかりを優遇することになる。一方、付加価値税(増値税)を引き下げても、一般の国民にとっては間接税であるため、効果を実感しにくい。
中低所得者に確実に所得の増加をもたらしうる手段は現金の直接給付しかないように思われる。中国では2010年代以降、電気自動車(EV)の購入に対する補助金が広く配られてきたが、これは車を買え、かつ自宅に充電設備を設置できるような階層しか恩恵に浴することができない。コロナ禍に際して、日本では国民に一律1人10万円配られたが、中国ではごく少額の買い物券が希望者に配られたにすぎなかった。中国ではこれまで国民に一律に現金を給付するような政策は想定の範囲外だった。
ただ、折しも中国では少子化がすごい勢いで進んでいる。出生数は2017年以降急減し続けており、2023年は902万人と、2016年の半分以下になってしまった。いわゆる一人っ子政策は2015年に完全に撤廃され、2021年には子どもは3人まで可とされたが、合計特殊出生率は2017年の1.58から2021年は1.12、2022年は1.05とむしろ急落している。2023年は1.0程度であったとみられる。つまり、一人っ子政策が完全撤廃されてすでに8年経つが現実にはむしろ出生率が低下し、女性1人につき子ども1人の状態になっているのである。
こうした状況下で、一定の所得水準以下の中低所得層に対して子ども1人につき一定額の子ども手当を支給すれば、少子化傾向を逆転させることが期待できるばかりか、かなり確実に消費需要の増加につながり、一石二鳥の効果が期待できるように思う。
参考文献:
清水克彦「5人に1人が就職できず、失業手当で食いつなぐ…中国の若者が「共産党を倒せ」と叫び始めた切実な事情」『プレジデントOnline』2022年12月7日
国家統計局「関于完善分年齢組調査失業率有関状況的説明」、2024年1月17日