トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済
国家安全部による「中国経済衰退論」批判から読み解く

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
印刷する
中国国家統計局が発表した2023年12月の消費者物価指数は前年同期比0.3%下落し、3カ月連続のマイナスとなった。中国経済の先行きを懸念し、多くの人々が支出に消極的だ。写真は春節用の物産展で豚肉を販売するブース=2024年1月、北京(共同通信)
中国国家統計局が発表した2023年12月の消費者物価指数は前年同期比0.3%下落し、3カ月連続のマイナスとなった。中国経済の先行きを懸念し、多くの人々が消費に消極的だ。写真は春節用の物産展で豚肉を販売するブース=2024年1月、北京(共同通信)

失業者とは働きたいという意思と能力を持ちながらも就業できない人を指す。そうした人々が大勢いるような状況では経済の規模を拡大してより多くの人々が就業できるようにしたほうが望ましい。

中国の都市部の失業率は下の図にみるように2021年以来5%を少し上回るあたりで推移しており、とくに上昇している様子はないが、5%という水準はやはり高いといえよう。中国ではとくに農村からの出稼ぎ労働者が景気悪化の際に解雇されやすく、景気変動の影響を受けやすいと考えられる。2023年12月時点での農村からの出稼ぎ労働者の失業率は4.3%で都市全体の平均より低いが、出稼ぎ労働者は職を失った際に失業者として都市に留まるよりも田舎に帰ってしまうことが多いと思われる。その場合には「都市部の失業者」にはカウントされない。出稼ぎ労働者の失業率4.3%を構成するのは、失業した人々のうち都市部に失業者として滞留している人たちということになるので、これは決して低い数字ではない。

都市部失業率の推移

日本のマスコミでは中国の若者の失業問題が注目されている。たしかに、図に示したように、2023年4~6月には16~24歳の若年層の失業率が20%を上回っていた。ヨーロッパでならいざ知らず、東アジアでこんなに高い失業率が記録されることはめったにないので、日本の新聞やメディアはこの数字に注目し、中には失業率の計算方法に無知な記者が「中国の若者の5人に1人が失業」と早トチリをしているケースもある(例えば、清水、2022)。

中国の大学生たちの就職状況がかんばしくないのは事実であるが、「若者の5人の1人が失業」というのはまったくの誤解である。

一般に、失業統計は、アンケート調査によって過去1週間に何時間仕事をしたかを尋ね、ゼロ時間と回答した人に対して、さらになぜ仕事をしなかったかを尋ねることで算出する。理由として就学、家事、障碍、高齢などを挙げた人は失業者とはみなさず、その間に仕事を探していた人だけが失業者とみなされる。そうして導き出した失業者数を就業者と失業者の合計で割った値が失業率である。

中国の都市部に住む16〜24歳の若年層は約9600万人であるが、このうち65%は高校、大学、その他の学校に通う学生である。つまり若者5人のうち3人強は就学しており、彼らは失業率の計算から除かれる。残る35%の若者は就業しているか、失業しているか、あるいは家事や障碍のために就業できない人たちである。仮に家事や障碍により就業できない若者をゼロと仮定した場合に、若年層失業率が20%であるということは、若年層のうち就業または失業している35%のうちの20%が失業しているということになるので、中国の都市部にいる若年層の全体からみると7%が失業者だということになる。

2023年12月に若年層失業率が急低下した理由

さきほどの図にみるように、若年層失業率は2023年6月に21.3%というピークに達した後、しばらく公表されなくなり、半年後の2023年12月に14.9%という数字が発表された。もしかして若年層失業率があまりに高いために国家統計局が党のお偉いさんから数字の隠蔽を命じられたのでは!? との憶測も呼んだが、若年層失業率の統計の公表が再開された2024年1月に発表された国家統計局の説明(国家統計局、2024)を読むと、むしろ2023年6月までの若年層失業率の統計数字に問題があったことがわかる。

前述のように、失業者とは、就業に関するアンケート調査に対して1週間の間に1時間も働いていないと答え、かつ「仕事を探していた」と答えた人を指す。大学などに在籍して就職活動中の学生は、2番目の質問に対しては「就学している」と答えるべきであるが、2023年6月までは「仕事を探していた」と回答していた学生がかなりの数に上ったようだ。たしかに、図を見ると、中国の大学等の卒業月は6~7月であるにもかかわらず、2022年と2023年は3~4月から失業率が上昇し、卒業月にピークに達する。就活に失敗する学生が多くて、卒業しても仕事がないという場合には、卒業月に失業率が急上昇するはずであるが、それ以前から失業率が上がっているのは、卒業前に就活をしている学生たちが失業者にカウントされていた可能性を示唆する。

そこで2023年12月の若年層失業率の統計からは大学等に在籍している学生は失業調査の対象から外すように統計基準が変更され、その結果、若年層失業率は14.9%と算出された。若者の65%が就学しているので、都市部に住む16~24歳の若年層のうち5.3%が失業者だということになる。

もっとも、だからといって中国の若者たちの就職難なんてウソだなどと言うつもりはさらさらない。2023年以来、私は中国の大学の先生たちと会うごとに「学生の就職状況はいかがですか?」と尋ねているのだが、一様に「悪い」という答えが返ってくる。清華大学の先生によれば、2023年に学部卒で就職しようとした学生が400人いたのだが、会社や国家機関などの勤めを得たのはそのうちの半分で、残りの半分はフリーターまたは自分で創業する道を選んだという。なお、失業者の定義は中国に限らず日本でも「1週間の間に1時間も仕事をしておらず、かつ求職している人」なので、週に1時間以上働いていればフリーターでも就業者ということになる。中国の都市ではフード・デリバリーに従事する若者をとても多く見かける。この人々は失業者ではないものの、収入が不安定かつ低いことは容易に想像できる。超一流大学である清華大学の卒業生であっても学卒で就職を選ぶ者の半数は不安定な道を選ばざるをえない状況にあるというのは、やはり就業状況の相当厳しいことを物語っていよう。

1 2 3 4

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.