Commentary
情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済
国家安全部による「中国経済衰退論」批判から読み解く
2023年12月15日、中国政府の中で外国情報の収集やスパイ摘発などの仕事を担当している国家安全部がウィーチャットをつうじて、中国経済に関するネガティブな言論を厳しく批判するメッセージを発信し、エコノミストたちを震えあがらせた。「国家安全機関は経済安保の防壁を決然と構築する」と題された文章は、次のような厳しい口調で中国経済衰退論を批判する。
「中国経済の衰退を意図した陳腐な言い回しが繰り返し現れているが、その本質はウソのストーリーをでっちあげることで人々を中国が衰退するという誤謬(ごびゅう)に陥れ、『中国の特色ある社会主義制度と道』を攻撃して否定し、中国を戦略的に袋叩きにしようと妄想するものである」
「しかし、事実はおのずから明らかになるし、ウソはことさらに暴かなくても、おのずからバレるものだ」
「発展と安全は1つのものの両翼であり、2つの駆動輪である。質の高い発展と高レベルの安全の両方を推進すべきである。しかし、一部の悪意ある連中は、3年間のコロナ禍や、地政学的な衝突が世界経済にもたらした傷や悪影響を都合よく忘却し、西側諸国が中国に対してデカップリングを仕掛けて中国を抑えつけようとしていることも無視し、まるで泥棒が他の人を泥棒呼ばわりするかのごとく、中国は安全を発展より優先しているとか、外資を排除しているとか、民間企業を圧迫しているといった、ありもしないウソを言い立て、陳腐な中国脅威論をあおり立て、安全と発展の間にありもしない矛盾をつくり出してあおっている。しかし、その真の目的は市場の予想を混乱させ、中国経済の好転を妨げることにある」
中央経済工作会議における習近平の講話との比較
諜報活動や反諜報活動にあたる政府機関からこれほど厳しい口調のメッセージが発信された背景には何があったのだろうか。実は、このメッセージが出される数日前に習近平総書記をはじめとする中国共産党最高指導部のお歴々が参加して翌年に向けての経済政策を話し合う「中央経済工作会議」が開催されたが、そこでの習近平の講話の中に次のような一節があった。
「質の高い発展と高レベルの安全との間の好循環をつくり出さねばならない。質の高い発展によって高レベルの安全を促進し、高レベルの安全によって質の高い発展を保障すべきだ」
「経済に関するプロパガンダと世論の誘導に力を入れ、中国経済光明論を盛り立てるべきだ」
前述の国家安全部のメッセージが習近平の講話を受けていることは明らかである。ただ、習近平があくまで前向きに語っているのに対して、国家安全部はすべてをひっくり返して後ろ向きに語っている。つまり、習近平は発展と安全の間に好循環をつくろうと言ったのに対して、国家安全部は発展と安全の間に矛盾などないのだ、両者が矛盾する可能性を指摘する奴には悪意があると言い、習近平は中国経済光明論を盛り立てようと言ったのに対して、国家安全部は中国経済衰退論を言う奴はウソつきだと言う。中国の新聞で保守的な学者や評論家が口汚い口調で何らかの論調や傾向を攻撃している文章を見ることは珍しいことではないが、今回は政府機関、それもスパイ摘発にあたる政府機関がそんな口調の文章を発信したことに空恐ろしいものを感じる。
一部の業種における外資参入の制限や2021年にとくに厳しかった民間企業に対する圧迫は、私自身もいろいろなところで指摘してきた。こうした外資への制限や民間企業への圧迫を強めると経済の衰退を招きかねないという懸念には多くのエコノミストが同調するであろう。しかし、国家安全部の言い方では、そうした指摘をする者は敵の回し者だということになる。目下の中国の言論を取り巻く環境が非常に厳しいことを今回の国家安全部の文章は知らしめたし、これからは中国のエコノミストたちが国家安全部に摘発されるリスクにおびえながら物を書いていることを意識しなければならない。
国家安全部のメッセージは、太平洋戦争中に日本が負ける可能性を示唆するような言論が厳しく取り締まられたことを想起させる。言論を封殺しなければならないほど中国経済の状況が悪いのではないかという疑念をかえってかきたてる。