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Commentary

出稼ぎ労働者に寄り添う深圳・重慶、冷酷な北京
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか③

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
北京市政府は閉鎖性と強権性を異様に強めている。出稼ぎ労働者たちが住む郊外の村で宿泊所の火災が起きると、その村全体を潰してしまった(写真:筆者撮影)
北京市政府は閉鎖性と強権性を異様に強めている。出稼ぎ労働者たちが住む郊外の村で宿泊所の火災が起きると、その村全体を潰してしまった(写真:筆者撮影)

 第2回では、中国の大都市にある「都市の中の村(城中村)」とはどのようなものであり、なぜ存在するのかを説明した。そこでも触れたように、城中村は防火や住環境の面で大きな問題を抱えている。深圳市政府は2009年から城中村の改造に取り組んできた。その方式には、①取り壊して再建、②機能の転換、③総合的な整備、の3つがある。

 第1の、取り壊して再建する方法は、城中村全体を地方政府が買い上げて取り壊し、道路を整備して建物の間に間隔を空けて立て直す方式で、深圳市では大衝村というところで2002年から実施された。ただ、この方式にはいろいろな弊害が指摘されている。村から土地・建物を買い上げるときの補償によって村民たちは大金持ちになる一方、アパートを借りて住んでいた人たちにとって再建されたアパートは高すぎるので、彼らは住む場所を失うことになる(楊・子・劉、2020)。こうした現象は「ジェントリフィケーション」と呼ばれ、欧米の都市にも見られる。

 深圳市政府はそうした弊害を認識して2019年の城中村整備計画では大規模な取り壊しを行わない方針を示した(劉、2021)。その代わりに城中村の総合的な整備を行って、より安全で快適な場所に変える努力が行われている。

 その一例が、福田区の水囲村の一部で建設された「人才アパート」である。ここでは村民たちが建てたアパートのうち29棟を不動産業者の深業集団に貸与し、深業集団が消防施設や通路を整備し、1、2階を商業施設に改造し、安全な電気工事を行うなど全面的なリノベーションを施したうえで福田区政府に貸与した。福田区政府はそのアパートを人才アパートと称して単身者に貸し出して家賃を受け取る。そして区政府は入居者から受け取った家賃に区の補助金を上乗せして深業集団に支払う。深業集団は水囲村に地代を支払う。このようにして、水囲村のアパートのうち29棟は城中村としての本質は変わらないまま、区政府の補助によって、家賃は安いが条件の良いアパートに生まれ変わった(楊・胡・劉、2020)。

 ただ、この方式では城中村の狭隘(きょうあい)さや安全上のリスクは根本的には解決されない。2021年に深圳市の「都市更新条例」が改正され、これまでは城中村の建物の所有者全員が同意しないと市政府による買収ができなかったのが、所有者の95パーセントの同意でも買収が可能となった。これにより、城中村の買収が進み、それを取り壊して再建する動きが再び活発化すると見込まれている。深圳市では2018年から2035年までの間に170万戸の住宅を供給する計画だが、その6割は人才アパートのような公的補助付きの民間アパートとするという(楊、2021)。

農村からの移住労働者を受け入れる重慶の公営団地

 日本の高度成長期、すなわち都市化が急速に進展した1950年代後半から60年代にかけて、東京の近郊では大規模な公団住宅が建設され、とくに地方から東京へ就職したサラリーマンたちが多く住むようになった。私の自宅近くにある荻窪団地は1958年に竣工したが、21棟のアパートが立ち並び、875戸が入居していた。各棟の前には広々とした庭があり、児童公園も整備され、周辺には商店街もあり、1980年代までは住民も多くてずいぶん活気があった。

 深圳の城中村の問題を解決するために、郊外に東京近郊にあるような公営団地を建て、城中村の住民たちもひと頑張りすれば手が届くような値段で賃貸・分譲したらどうだろうか。深圳市は東京都とほぼ同じ面積に1766万人も住んでいてすでに過密であるが、隣接する東莞市や恵州市であれば大規模な公営団地を建設する土地もあると思う。ただし、深圳市の地下鉄は東莞市や恵州市まで延びていないので、東莞と恵州から深圳へ通って仕事をするのはかなり無理がある。公共交通ネットワークを隣接市にまで延伸し、ベッドタウンを造ることを検討するべきだと思う。

 実は、郊外に大規模な公営住宅を建てている都市が中国にもある。それは重慶市である。重慶市には製造業の工場が多く立地し、そこで働くために農村から多くの人々が移住しているが、そうした人々の住む場所として重慶市は2010年から4000万平方メートル以上の公営住宅を造ってきた。こうした住宅は戸籍が重慶市にあるかないか、農業戸籍か非農業戸籍かの別にかかわらず、月収が3000元以下の単身者、および合計収入が4000元以外の夫婦であれば入居できる(胡・王、2022)。公営住宅は22~33階建てと高層で、建ぺい率は22~27パーセントと敷地が広くとられている。家賃は60平方メートルの住宅でも月540~600元(1万800円~1万2000円)で、重慶市の同等の民間住宅の半分程度と格安である。

 ただ、重慶市の公営住宅はコストを下げるために市の中心から14~56キロメートルも離れた場所に立地しており、バスや地下鉄など公共交通の便が悪く、通勤に70分以上かけている住民も多い。公営住宅に住んでいるのは外地出身者ばかりなので、重慶市民との交流が生まれず、周囲の社会から浮いてしまっているそうだ。公営住宅に整備したショッピングセンターは商店が入居せず、ガラガラな一方、路上で野菜を売る露天商が出現している。買い物が不便で物価が高いことは入居者の不満の種である(胡・王、2022)。一方、深圳の城中村は、アパートは狭くて危険だが、通勤や買い物の便は良い。

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