Commentary
規模の力の濫用を制約する通商ルールを
解題
2024年12月7日~8日に清華大学国情研究院と東京大学中国イニシアティブとの共催による「第4回清華大学・東京大学発展政策フォーラム」が東京で開催された。今回のテーマは「競争と協力――グローバルな不確定性のもとでの日中経済貿易関係」である。
12月8日には東京大学にて公開シンポジウムが開催された。そのシンポジウムで行われた講演の概要を順次紹介する。
近年、産業政策に関する研究が活発化しているが、そこでは産業政策の二つの重要な側面のうち一つにしか注目していない。
「経済摩擦の論理」への配慮も必要
中国は開発経済学の視点から見れば発展途上国である。しかし、国際経済学の視点から見ると大国である。中国に対する困惑が強いのは、これまで、開発経済学の途上国でありつづけながら、国際経済学の大国となった国はないからである。小国が産業政策を実施して発展する場合、交易条件のような貿易・投資条件に影響することがないため、許容されてきた。しかし、大国が産業政策を実施すると、規模の経済の影響で突然として特定の産業を占有し、他国の産業基盤を揺るがす、という市場の失敗をもたらすことがあり得る。この市場の失敗を改善し、規模の利益を共有し、社会的な緊張を緩和するために、通商ルールによって制約する必要がある。現状の通商ルールは不完全である。
産業政策は、規模の経済性が存在する産業に対し政府が行う支援である。政府の支援によって、国内の産業が規模の経済性を実現するのを助けようというのが「産業育成の論理」である。1980年代の日米摩擦の際に、日本の産業政策を対象とする分析は、もう一つの特徴を指摘していた。規模の経済性がある産業では、労働力、企業数など供給側の規模が大きい国が有利になり、他国の産業基盤に対する脅威となる。これを「経済摩擦の論理」と呼び、こちらにも配慮する必要がある。
中国による自動車・EV、鉄鋼、造船などにおける急速な輸出の増大は他国の産業基盤を崩壊させる恐れがある。今日の中国と欧米との間で展開されている摩擦をもたらす構造は、1980年代の日米貿易摩擦の再現である。こうした緊張関係を緩和する措置として、世界貿易機関(WTO)では輸入国がセーフガード、アンチダンピング、相殺関税を実施することが認められている。
国際的なルールと枠組みの整備が喫緊の課題
さらに、規模の力を獲得した国がその力を政治力に転化することは認められない。国内で企業による独占力の行使は抑止されるのと同じように、国際間でも独占力行使を制約するルールが必要だ。日米貿易摩擦のあと、世界半導体フォーラムで半導体技術の利益を世界でどう共有すべきかという議論が行われた。日米摩擦の経験から策定が始まった情報技術協定(ITA)により、デジタル・情報技術の分野ではゼロ関税が実現し、規模の経済性による利益を各国が享受できたことで、この分野では深刻な経済摩擦は起きていない。
Panagariya(1981)によると、規模の経済性がある場合、大国と小国の間の交易条件は労働力人口の多い大国に有利になる。この論理からすると、経済規模が大きいアメリカと中国が競り合うと、経済規模の小さな国々の交易条件が悪化する。
2024年に経済摩擦の焦点となったEVについて、欧州では中国からの輸出が突然増えていた。欧米から過剰生産だという批判が高まるなか、習近平国家主席は「中国にはEVの過剰生産能力は存在しない」と言明したが、それは他国との経済摩擦に対する配慮に欠いた発言だった。
規模が拡大すると、企業は経験を積むことで効率化し、社会全体では産業連関の効率化を通じて低いコストを実現できる。太陽電池の材料であるポリシリコンでは生産規模を拡大した中国が低コストを実現している。造船業では2000年代半ばに中国企業の参入が急増し、造船業における中国のシェアが拡大した。鉄鋼業でも補助金とラーニングの結果、コストと価格の低下が実現し国外への大量輸出が発生する。各産業で起きているこうした状況が経済摩擦を招いている。この規模の利益を安定的に国際的に共有するルールと枠組みを整えることが喫緊の課題である。
(2024年12月8日の東京大学における講演に基づいて丸川知雄が記録をまとめた)